第7話 回復(リハビリ)6 図書館
「どの娯楽にしても、お金はかかるんだよね……」
「同情するなら金をくれ、は真理だった」
昔のドラマの台詞が、やけにこの身に突き刺さる。靴下に小さな穴があいていた気がしたが、見ない振りをして無理矢理履いた。ちょっとごわつくタオルも、肌が鍛えられると思ってそのまま使用することにする。
「今週は食費以外には使えるお金、なさそう。またドラマでも見るか」
しかし動画サイトにも軽く飽きがきていた。特に身辺で変わったこともないし、最近行くのは同じスーパーばかり。少しは新規開拓をしなければ。
その時、前に通った公園が工事をしていたことを思い出した。あそこは今、どうなっているのだろう。感じのいいベンチでもできていたら、ちょっと休憩できて嬉しいのだが。
薬子が行ってみると、工事中にあった覆いがとり除かれている。しかし、広場には遊具もなかった。二方向から道が延びる横に大きな体育館が建っていたため、これを作るための工事だったのだとわかる。
体育館を使うつもりなのか、ジャージ姿の学生たちがたむろしていた。ベンチに座っていると、彼らにじっと見られそうだ。
「じっといるような感じでもないな……」
学生時代体育の成績はいつも一、主役にはほど遠かった薬子には、お気に入りの場所にはなりそうもない。薬子はその場にとどまるのを諦め、歩き出した。
公園の外には掲示板があり、何枚かポスターが張ってある。試合の予定に混じって、一枚だけ異質な案内があった。
『図書館 新装オープン』
大きな字が踊っている。椅子が空中に浮いているように中央に据えられ、その周りをぎっしりと本棚が取り囲んでいた。
行ってみようか。ふと薬子はそう思った。
スマホで調べれば、大体の行き方はすぐにわかった。人の流れに従うようにして、薬子は歩を進める。大通りをたどっていくと、目的の建物はすぐに見つかった。
建物に足を踏み入れた。思ったより大きく、図書館は二階の一角にすぎないようである。七月に改装したばかりということもあって、さすがに綺麗だった。
本に悪いからか大きな窓はないが、照明は十分に明るいし壁も真っ白。フローリング調の床にも大きな傷はない。一番壊されそうな子供用のソファーも、まだきれいな黄色や青の色を保っている。
見たい棚がたくさんあった。しばらく薬子は視線を巡らせる。入り口近くは児童書のスペースのようだ。とりあえず、よく読んでいた作家の棚を見つけることに決めて、奥へ進む。
程なくして日本作家の棚が見つかった。棚は本でびっしりと埋まっている。軽く数百冊はあるだろう。が、そこにあるのは単行本ばかり。薬子は顔をしかめた。持っている腕がきついので、出来れば軽い文庫本を借りたかったのに。
肩をすくめて歩き出したところ、柔らかい雰囲気の初老女性がカウンターに座っていたので、薬子は声をかけてみた。
「すみません。文庫本の棚はどこですか?」
「奥のH棚になります。ここからずっと、まっすぐ奥に行ったところですよ」
女性は声も優しかった。さらに彼女はこう付け加える。
「お手伝いできることがありましたら、またお声がけください」
「ありがとうございます」
薬子は職員に会釈して、その場を離れた。静かな図書館に、薬子の足音が響く。
タダ。そう言い切れることの、なんと素晴らしいことか。まるで夢のような──とまでは言えないが、十分価値のあるところだ。
案内図に従って奥に進むと、単行本の棚の奥に、文庫本の棚が見えてきた。文庫本の棚の方が背が低いから、隠れているような格好になっていたのだ。
立ち止まって同じ作家の本を探してみたが、さすがにこちらは数が少なく、両手で事足りるほどしかなかった。皆、考える事は同じなのだ。
それでも、何冊か借りたい本を見つけて薬子はほっとした。貸し出しカウンターに行って、カードを作ってもらう。カードは昔ながらのラミネートタイプで、薬子は懐かしい気持ちになった。
「インターネット使用の申請もされますか?」
職員と向かい合っていた薬子は、首をかしげた。図書館とインターネットは、あまり接点がないと思っていた。
「登録していただければ、ご自宅から蔵書の予約ができます。借りたい本に何件予約が入っているか、見ることもできますよ」
要は、ネットショッピングと同じ要領で本を好きに選べるのだ。発売されたばかりで人気がある本は予約ばかりでなかなか棚に戻ってこないから、予約しておくのをおすすめされた。
「じゃあ、登録します」
簡単な説明を聞き終わると、接続のためのIDとパスワードを発行された。家に帰ってパソコンで指定のページを開き、必要事項を打ち込むとすぐにメニューが出てきた。白地に黒文字が浮き、枠の装飾は青。パソコン初期のような、シンプルなホームページだ。
自分が借りている本と、その返却期限の確認。パスワードなど、個人情報の変更。そして一番大きく、図書館蔵書の検索のボタンがあった。
説明を読んでみると、市の全ての図書館の蔵書を検索できるらしい。懐かしい絵本から雑誌まで、タイトルを入れると割となんでも出てきた。
「ふーん、本当に通販サイトみたいなものなんだ」
ちょうど良かった。少し気になっていた新刊があったのだ。薬子はうきうきしながら検索ボックスに文字をうちこむ。しかし、幸せな気分は長く続かなかった。
「なにこれ……」
薬子は画面に顔を近づけた。その予約の多さに、落胆する。十冊の蔵書に対し、予約は五七六件。全員が一週間で読み切ったとしても、予約が回ってくるには年単位の時間がかかる。
「これ、買った方が早いわ……」
薬子はため息をついて、サイトを閉じた。それにしても、三百件くらいで予約を入れた人のメンタルは強い。自分の順番がいつ回ってくるか、予約がとれても忘れていないか、気にならないのだろうか。
その強さは見習うべきかもしれない、と薬子は一人考え込んだ。
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