8-4


 俺は生まれた時から不幸体質だった。生まれる前から、受難の日々だった。エコー検査でへその緒が首に巻きついていることが判明し、母は帝王切開で俺を産んだ。この時すでに、帝王切開であるから、カイザー、もしくはゴッドと呼ばれるべくして生まれてきたようなものだ。


 日々の不幸を一身に浴びながらも、両親の養育によって成長した俺は、幼稚園デビューを果たす。そこで俺は運命の人と出会う。それがすみれちゃんという幼稚園のガキ大将だった。そう、女の子にしてガキ大将として、幼稚園を何かと仕切りたがるすみれちゃんだ。そんなすみれちゃんは、何故か俺のことが気に入ったらしく、イジメに遭う俺を庇ってくれた。もしかしたら、子分的な扱いだったかもしれないが、とにかく俺にだけすみれちゃんは優しかった。子分というより、メッセンジャー、いや、パシリだったかもしれないが、そこはもう置いておこう。


 重要なのは、すみれちゃんは俺の初めての友人だったし、俺の初恋の人だった。しかし、そんな幸運が俺にずっとあるはずもなかった。すみれちゃんは、両親の仕事の都合という、フィクションにありがちな理由によって、引っ越してしまったのだ。当然、俺が通う幼稚園にすみれちゃんが戻ってくるはずもなく、俺は今まですみれちゃんに仕えていた分、酷いイジメに遭うようになった。


 まるで、すみれちゃんに対する鬱憤を、皆が俺で晴らそうとしているみたいだった。しかし、俺にかかわると不幸が伝染してしまうため、幼稚園が重いおたふくや、水疱瘡という、普通幼児期に罹れば軽いはずの病気で休む子供が増えた。さらに、イジメ放置していた保育士の先生が、野犬に噛まれるなどしてけがをする羽目になった。ここではもう既に、俺のゴッドとしての片鱗が見て取れるだろう。これはまだ年少の頃の話しである。菫の夢告がなかったら、俺はこの頃の思い出などすっかり忘れていたことは間違いない。そして俺はこの後、ゴッドとしての道を歩むことになったのだ。




「それは、主様が勘違いをしているだけです! もしも百万歩譲って、幼稚園の時に主様に守り神の私がいなかったとしても、私は間違いなく主様を不幸から守るために存在しています!」


「分かってる。君がどれだけ一生懸命に、その人を守ってきたのか。そして、どれだけ傷ついてきたのかも」


 俺は菫の頭をそっと撫でて、ゆっくりと抱き寄せた。この幼い女の子が背負ってしまった絶望を、これだけで和らげられるとは思わない。菫が守りたかった人は、きっと俺並み、いや、俺以上の不幸体質だったのだろう。それ故に、菫は多岐にわたる不幸から、その人を守ろうと必死だった。しかし菫は、その人から酷い裏切りを受ける。存在を否定され、神棚を壊され、存在価値も居場所も失ってしまった。大家さんの家から追い出される形となった菫は、巡行神となり、アパートの神棚には椿が棲みついた。菫はアパートの神棚に移ることも出来たはずだが、それをしなかったのは、自分が守りたい人がいたからだ。


「君の主様は、拓馬さんだね? 昔も、今も、彼を守りたいと思ってるんだろ?」


 家に憑く座敷童が、その家の当主に惹かれるのは必然だろう。しかし、残念ながら俺は、名前が同じ他人だ。


「じゃあ、主様は……?」

「ごめん。俺は違う。本当は君だってもう、気づいてるんだろ?」


 菫は深く頷いた。椿と同じなら、俺が抱き寄せた時に、匂いで、俺が拓磨であって、拓馬さんとは別の家の人間だと気付いたはずだ。俺も自分の匂いが伝わるように、わざと抱き寄せた。それは菫に、自分から気付いてほしかったからだ。


「それでも、私はここの座敷童です。ここの住民の方が今の私の主様です」

「うん。分かってる。でも、ごめん」


 俺は大家さんの家に電話をかけて、牡丹に来てもらった。


「何度も呼びだしてごめん」

「親戚の子は、見つかったのですか?」

「これから迎えに行くから、留守番を頼みたいんだ。その間に神棚に食事も供えて欲しい」

「それは、構いませんが……」

「じゃあ、俺は急ぐから。頼んだ」

「お気をつけて」


 牡丹は目を閉じて恭しく俺に一礼し、部屋の中に入った。


 俺はスマホで柳に電話をかける。椿が今いるのは、八巡神社の本殿の中だ。本殿には、頑丈な鍵がついていた。現在、八巡神社やその周辺には、実地調査中の学生がうろうろしているが、この時間ならもう報告のために公民館に戻っているだろう。柳は電話になかなか出ない。もしかしたら、わざと放置されているのかもしれない。柳も貧乏神であるため、椿とは元々相性が悪いはずだ。それに、柳が俺に取り入ろうとした時に、椿から阻止された過去もある。まさに柳にとって、椿は杏以上に因縁の相手なのだ。その相手が力を失って、俺から引き離された。そして今まさに、椿は柳の手中にある。柳の言動一つで、椿は本当に消えてしまうかもしれない。例えば、本殿の中の鈴を壊して、八巡神社から椿を追い出せば、巡行神である椿は人々の信仰の力を失い、消失する。逆を言えば、八巡神社は、八巡市きってのパワースポットである。八巡市はもちろん、全国の八巡神社への信仰心があれば、椿は存在力を高めることができるだろう。


 スマホに耳を痛いくらいに押し当てたまま、俺は神社の前に着いてしまった。そこには、スマホを握りしめる柳の姿があった。目の前の相手に、俺のスマホが電話をかけ続けている。そして柳のスマホも、目の前の相手からの電話を受診し続けている。滑稽な状態で、俺は柳と対峙して、スマホの電話を切った。しばし、無言のまま二人で見つめ合った。これが恋人同士なら情熱的なものだっただろうが、ここには剣呑な雰囲気だけがあった。そして、柳が口を開いた。

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