5-7
「日本の神々の中の福の神と言えば、座敷童のことでしょう?」
俺は茶を吹くところを、必死にこらえた。
「な、何で、座敷童だって?」
「こっちに連れてこられないってことは、地縛霊的な感じじゃない。そんな福の神は座敷童でしょ? あっちは田舎だし」
じ、地縛霊って。ちょっと言い過ぎかなと思ったが、確かにあのアパートの俺の部屋の間取りから出られない椿は、地縛霊と似ている気もする。それにしても、女の勘は侮れない。
「座敷童と言えば黒髪で黒い瞳でしょ? それが金髪碧眼になっているってことは、もしかして……」
「もしかして、何だよ?」
「その座敷童、危ないかもしれない。だって、色素が薄くなっているってことでしょ?」
俺には、思い当る節があった。柳に俺が告白し、付き合いたいと思っていた時のことだ。貧乏神の柳によって、散財モードになっていた俺を椿は正気に戻そうとしていた。それはもちろん、邪神から主を守る座敷童の椿にとって、貧乏神を排除することは本能的なことだったのかもしれない。ただ、俺があまりに柳に執着してしまい、そこで椿が倒れた。その時、椿の髪の毛が白髪のように色が抜けていた。おそらく、力を使いすぎ、負担が大きすぎたために、椿の存在自体が危うくなったのだ。あの時は鈴という鈴というつながりを椿に渡し、俺が柳と付き合うことを諦めたために、事なきを得た。しかし、それでも椿は不安定なのか。そう言えば、椿に出会った時、椿は長年の間主に呼ばれなかったために、自分の名前さえ忘れていた。ここままでは、椿が消えるかもしれない。冗談じゃない。
「杏、どうやったら、座敷童を元通りにしてやれるんだ? 教えてくれ。お前なら、知ってるんだろ?」
俺は杏の前に立ちふさがるようにして、質した。しかし、杏は残念そうに首を振るだけだった。それは、元通りにする方法を知らないということなのか。それとも、その方法自体がないと言うことだろうか。その答えは残酷なものだった。
「無理、何じゃないかな?」
「え?」
無理ということは、方法があるということだ。
「だって、拓磨はその座敷童の事、大事に思ってるんでしょ?」
「もちろん」
「じゃあ、やっぱり無理だよ」
杏は俺を追い越して、ビジネスホテルに向かって歩き出す。
「杏。頼むから、教えてくれ。俺がどうなってもいいから」
俺は杏を拝むように手を合わせた。杏はこれに驚くように目を丸くした。それから、大きなため息を吐いた。
「ずるいな。そんなに真摯に拝まれたら、神様は応えないといけないじゃない」
人混みが流れていく。俺と杏の姿をみたら、誰もが痴話げんかだと思うだろう。というか、浮気した彼氏が、怒っている彼女に謝っているようにしか見えない。それでも、構わなかった。人の目なんて、気にしていられる状況ではない。
「座敷童の存在が危うくなっているのは、長年主がいなかったからってことと、拓磨が主になったからだよ」
「俺が、主になったこと? でも、主がいないから、座敷童は存在が危うくなるんだろ?」
そう言ってから、ハッとした。貧乏神の力に対抗した椿の存在が消えそうになったなら、不幸体質の俺を日々守っている椿は、いつも椿の力を使いまくっているということにならないだろうか。これならば、俺が主であるために、椿が危ないという説明がついてしまう。俺が主ではなく、普通の人が主なら、椿は普通の座敷童に戻ることができるのだ。今まで、俺が大学生活を楽しんでこられたのは、全部椿のおかげだと言うのに、俺は呑気に出かけてばかりで、椿のことを煩わしく思ったり、重たく感じたりしていたのだ。俺、最低じゃん。
「気付いたみたいね。そう言う事よ」
「ああ」
ショックのあまり、俺はその後の記憶がない。覚えているのは、ホテルの一夜に何事もなかったということだ。杏をベッドに寝せて、俺は床で寝たから、次の日には全身が痛かった。杏とどうやって別れたのか、どんな会話をしたのかも、覚えていない。
そして、意気揚々と乗り込んだビブリオバトルで、一回戦で敗退。すぐに新幹線で帰ることになり、俺は牡丹への埋め合わせのためにバナナ味のお菓子を買った。曖昧な記憶から掬い取れたのは、こんな断片的な記憶の欠片しかない。俺の頭の大部分を、引っ越しの四文字が占めていた。しかし、俺にすぐにどこかに引っ越しができるだけの経済力はあるはずもなく、両親に資金援助を頼み、バイトを増やすことしかできそうにない。それと、大家さんに格安物件を紹介してもらうとか、不動屋さんに足を運ぶとか。いずれにせよ、先立つものはやはりお金だった。
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