5-6

「本物の災厄神?」

「うん♡」


 マジか。じゃあ、別れ際に杏が発した「私、災厄神だから」という言葉は、何の比喩表現でもなく、当たり前のことを言ったまでだ。女神は女神でも、災厄神の女神だったのだ。そしてそんな災厄神ですら、俺の不幸体質を憐れみ、同情し、俺から自分で離れていったというわけだ。そして神様同士だから、昔からの知り合いである柳の正体も知っていて当然だった。だからカウンターでのやり取りは、お互いを罵り合ったのではなく、ただ本名を言い合っただけだったのだ。椿が柳の臭いで気配を察知していたように、杏も一目見て柳に気がついたのだ。なるほど、神様同士って、お互いの存在を感知することが出来るのか。とするとあの修羅場は、ある意味俺の取り合いということだろうか。不幸体質の俺の傍は、災厄神や貧乏神にとって心地いいに決まっている。何だか喜んでいいのか、悲しんでいいのか、複雑だ。


「付き合っているわけではないんでしょ? 柳と」

「うん。一緒にいることは多いけど、付き合ってはいないよ」

「そう。良かった」


 杏は寂しげに微笑んだ。そして俺のバッグを見つめながら、小さく溜息を吐いた杏は、スマホと財布を手に立ち上がった。


「その鈴の音、いいね」

「鈴?」

「ううん。何でもない。拓磨が幸せそうで良かった。何かいる?」

「あ、俺も行く」


 果たして、俺は今幸せだろうか。周りにいる女性陣は美女ぞろいであるが、その内二人はどちらかと言えば、マイナスな女神様。椿は座敷童だから、まだまだ女性とは程遠い。でも、高校の時よりは、悪いことが起きなくなったのは確かだ。これって、もしかして、椿のおかげなのか? そんなことを考えながら俺は財布とスマホを取り出して、杏と一緒に部屋を出た。駅にも近いこのホテルの真正面が、二十四時間営業のレストランが入ったビルだった。


「食事はあそこでいいか」


そう呟く俺の脇腹を、杏が肘で突く。


「何言ってのよ? せっかくホテルにお湯が沸いてるんだからカップ麺とか、飲み物類を買わないと。ああ、お湯が切れると悪いから、水も買いましょう」


 俺は密かに杏を感心して見ていた。たった一泊だからファミレスでいいだろうと言う俺は、こういうところが駄目なんだよな。家庭的でないというか、金銭感覚が緩みがちというか。それに比べて、杏は大人びて見える。


「でも、コンビニくらいしかないんじゃないのか?」


 駅の近くは詳しいが、このホテルの周辺にはあまり詳しくなかった。すると杏は得意気に笑いながら言った。


「こっちは駅の表側だからね。大丈夫。駅の裏に回ればスーパーがあるわよ」


 杏に先導されて、駅の構内を通って、裏口に出た。すると本当に杏の言う通りの庶民的なスーパーが立ち並ぶエリアに出た。そうか。駅の表側は観光客向けで、その裏が生活圏向けになっているのか。この構造をすぐに見分ける杏は、旅行に慣れているのだろう。杏は迷わずディスカウントスーパーに入って、カゴを手に取って店の中に入る。


「持つよ」

「ありがとう」


俺がカゴを持つと、杏は慣れた手つきで紅茶のティーパックやインスタントコーヒー、二ℓの水やカップ麺をカゴの中に入れた。そしてすぐさま会計だ。もちろん俺が払う。それほど大した額ではなかったので、安心した。杏といると、何だか心地いい。災厄神だと分かった今でも、付き合いたいと思ってしまうくらいだ。駅からの帰りに、杏は俺の財布を見て笑った。俺の財布には、大きめの鈴が付いている。最近はスマホやカードでの決済が多いから、財布を持ち歩かない人もいると聞く。そんな中で、財布に鈴だ。以前は財布を落とした時に気付くようにと、財布に鈴を付けている人もいたらしいが、今は全く見かけない。しかも、財布と鈴の大きさが、アンバランスだ。杏も、それを見て笑ったのだろうと思った。俺も苦笑していると、杏は思いもよらないことを言った。


「今は守られてるんだもんね」

「え?」

「柳がすんなり私との同室を許したのも、拓磨に私が何もできないって知ってったから。それに、私の方も柳と拓磨が一緒にいることを許したのも、それがあるから」

「そう、だったのか」


 俺はまじまじと鈴を見た。これは椿と俺のつながりだ。もしかして、この鈴は媒介の役割をしていて、椿の座敷童としての力が、離れていても通じているのかもしれない。世に言う結界、ゲーム的に言えばバリア機能のようなものがあるのだろうか。


「でも、変ね。何だか保護の力にむらがあるって言うか、強弱を繰り返している気がするの。良かったら、今一緒にいる子のこと、ちょっと教えてくれない? ああ。名前は教えなくていいわ」


 ホテルの部屋に帰って、俺たちは茶を飲みながら座敷童について話した。名前は、俺がその座敷童に与えた物で、他の神々に知られない方がいいだろうと、杏は言った。名前が知られた方は、それだけで力が弱くなってしまうと言う。災厄神の割に、こうしたことまで考えてくれるのだから、やはり杏は人間として出来ている。あ、神様として、よく出来ている、の方が正しいのか。


「金髪碧眼の福の神か。それって、大丈夫なの?」

「え? 何が?」



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