4-5

 こんな状況を見られたら、俺が柳を泣かせているように見える。いや、実際泣かせているのは俺なのだが。梅野先輩は、部室に漂うただならぬ雰囲気を察したのか、俺の頭をいきなり叩いた。しかも、ハードカバーの本の背の部分で。俺は悶絶しながら頭を押さえて、その場にしゃがみこんだ。


「う、ううっ……」

「たーくん、大丈夫? 梅野先輩、いきなり何を?」


 柳が俺の心配をしたのを、不思議そうに見た梅野先輩は、頭の上に大きなクエッションマークを乗せたまま、椅子に腰かけた。


「サークル辞めると言って、柳を困らせていたのでは?」


 俺は、心の中で思わず「そっちかい」とツッコミを入れた。男女が人気のない部屋で二人きりになっていて、女性の方が泣きそうになっているところを見れば、誰でも色恋沙汰と見なすだろうに、俺の場合違ったらしい。あれ、サークルって「来るもの拒まず、去るもの追わず」という暗黙の了解があったはずではないか。それなのに、梅野先輩はサークルを辞めようとした俺に、さりげなく暴力を振るっていた。暴力は理由はどうあれ、全面的にいけないことなのに、俺にはいいのか。謎過ぎる。


「違います。私は困っていません。ちょっと意見の相違があっただけで」


 柳が俺を庇って、困り顔で手を振っている。くそ、カワイイ。これで貧乏神でなかったら、絶対彼女に欲しかった。


「じゃあ、サークルは抜けないんだな?」

「はい。もちろんです。ね? たーくん?」


 どうして柳が俺に代わって返事をするのか。しかも、俺の意思とは無関係に、俺はこのサークルから抜け出せないことになってしまった。「去るものを追っている」じゃないか。


「じゃあ、さっそく始めようじゃないか」


 梅野先輩はさっさと机に向かい、柳も同じ机につく、俺は頭の頂にたんこぶが出来たことを確認し、机に向かう。そして、さらなる暴力を覚悟しつつ、梅野先輩に頭を下げた。


「すみません。今日、何も用意していません」

「え?」


梅野先輩の声に不快な色が混じる。


「実は、預かっている親戚の子供が、体調を崩していて」


子供、という言葉に、柳と梅野先輩が顔を見合わせる。


「それで、今その子の状態は大丈夫なのか?」

「今、留守番させてます」


梅野先輩が大きく舌打ちをした。


「バカか! 病気の子供を、一人で留守番させているのか⁈」

「あ、え? あ、いえ。違うんです。ちょっと事情が」


 確かに、今の話の流れでは、俺が酷い大人に聞こえる。しかしその子供が座敷童だから、病院にも連れて行けないと、正直に言って信じてもらえるわけがない。


「さっさと帰れ! バカ!」

「そうだよ。たーくん。早く帰ってあげて」


外見だけじゃなくて、子供の心配も出来る柳。さらに惜しい。しかし、ここで俺のとれる行動は一つしかない。


「すみません。じゃあ、お先します!」


 俺は二人に頭を下げて、アパートに走って帰った。

 しかし、玄関ドアを開けると、そこにはいつもの椿がいて、着替えの真っ最中だった。


「きゃああああっ!」

「椿、ごめん! 違うんだ!」

「問答無用です!」

「ぎゃあああっ!」


 金縛りにあった俺は、全身筋肉痛に襲われ、その場に倒れた。そこに、着替えを済ませた椿が近づいてきて、鼻を近づけた。


「ちゃんと、貧乏神との縁が切れていますね。良かった」


 椿は満足そうだが、俺はもちろん満足とはいかなかった。心配して帰ったのにこの仕打ち。そして、いつもの椿からの説教が待っていた。


「椿、俺は昔話で、貧乏神が一宿一飯の恩義で、福の神に転じる話を聞いたことがあるんだけど、柳はそうじゃないのか? ちゃんと神社の家にいんだけど?」

「あの神社で祀られていたら、福の神になれたかもしれません。でも、あの神社には先住の神がいるんです。だから貧乏神は貧乏神のままなんです」


椿は平たい胸を張る。俺は釈然としないまま、包丁でキュウリを切っていた。




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