4-4

 フローリングに正座しながら両手を高く上げる男と、それを真正面から見つめるメイド。傍から見れば、何と滑稽な図だろう。


「この部屋、いるんだよ。その、座敷童が」

「その座敷童の名前が、椿様、ということですか?」


 話しの流れが順調すぎて、余計に怖い。しかし、牡丹の中で整合性をとると、この答えが導き出されるということなのだろう。しかしそれは、単に俺の言動から推測されるものであって、現実的なものではない。


「前、庄屋の話をしてくれただろう?」

「はい」

「その座敷童は、ここの神棚にいたんだ。でも、あまりに長い時間名前を呼ばれていなかったせいで、自分の名前を忘れてて、俺が椿って名付けたんだ」

「そんな」


 オカルトな話が苦手なのか、牡丹は口を覆って顔を歪めた。俺はやっと手を下げて、俯いた。椿はベッドの上で、俺と牡丹を不安そうに見比べていた。


「まあ、信じられないよな、こんな話」


 俺だって、椿の姿が見えていなければ、座敷童だなんて信じていなかったかもしれない。いや、絶対に信じていなかったはずだ。声が聞こえても、幻聴で済ませていたはずだ。今でも幻覚や幻聴だと思いたいことがある。しかし、今回のことで、椿が俺を全力で守ってくれていることが分かった。そんな存在を、否定するわけにもいかない。


「信じます」

「牡丹?」


俺は弾かれたように顔を上げて、牡丹を見た。


「ですから、私は樹様の話を信じます、と申し上げたんです」


俺の頭の中は、一瞬真っ白になった。俺の話を信じるということは、椿の存在を認めるということだ。いくら牡丹が仕えている大家さんに俺が気に入られているとはいえ、見えないし声も聞こえない存在を、そう簡単に信じられるものだろうか。幽霊を信じる人と信じない人がいるように、何らかの怪奇現象にでも遭遇しなければ、信じない派に回るのが人間というものだろう。


「勘違いしないで下さい。私は樹様の話しだけを信じているのではなく、入居者の方々の困りごとを解決するのも仕事の一つであり、その一環で樹様の言うことも信じるということなのです」


いつも冷静沈着な仕事人である牡丹が、しどろもどろになっている。言っていることも滅茶苦茶だ。とにかく、俺や椿を信じてくれるらしい。


「ありがとう、牡丹」


俺はそう言って、テーブルに牡丹が買ってきてくれたスポーツドリンクやゼリーを並べ、神棚に向かって拝んだ。これで、椿は食事も栄養も取れた形になる。


「樹様。この音は……?」


りぃぃぃん、と鈴の音が部屋に響き渡った。ベッドの上に目をやると、椿が髪留めについている鈴を鳴らしていた。


「椿……」


 ベッドの上から俺の視線が外れないことを確認した牡丹は、微笑んで頷いた。


「そこに、座敷童様、いえ、椿様がいらっしゃるのですね」

「うん」

「信じます」


 牡丹は椿がいるベッドの横に膝をつき、もう一度「信じます」と言った。そして牡丹は帰っていった。


 俺は安堵と疲労から、ため息をついていた。とりあえず、椿が元に戻って良かった。そして、牡丹に変態認定されなくて良かった。椿はベッドから起き上がり、風呂場にある鏡に向かった。どうやら俺と椿のつながりを確認しに行ったようだ。椿が動くたびに、リンリンと鈴が鳴る。咄嗟のことであったが、俺のセンスは良いと思う。神様を祀る神社によくある鰐口と鈴は似ているし、鈴についている葉っぱのモチーフは偶然にも椿の葉だ。これほど福の神である座敷童に適切なつながりはないだろう。それにこのつながりという言葉は、縁のようなものだと思えるようになった。俺が与えた物は、人間と神様をつなぐ縁なのだ。媒体物と言えばいいのだろうか。風呂場ではまだ、鈴の音が聞こえていた。よほど椿はその髪結いゴムが気に入ったらしい。跳ねるような足取りの椿は、俺に向かって頭を下げた。


「ありがとうございます、主様! 私の宝物です! 主様がこんなに素敵な物を下さるなんて、思いもしませんでした! 本当に有難うございます」


礼を言われながら、軽く俺のセンスが疑われていたことが判明したところで、俺はようやく夕飯を食べるのだった。


 翌日の大学の授業終わりに、俺は柳を部室に呼び出した。もちろん、柳との交際を断るためだ。自分から告白しておいて、次の日にはそれを撤回するのだから、柳は激怒するに違いない。そう思いながらドアを開けると、ちょうど部室には誰もいなかった。そこに、外の空気と共にいい香りが漂ってきて、柳が姿を現す。白肌にカフェオレカラーの髪の毛が揺れる。大きな同色の瞳は、潤んでいるように見えた。華奢な体なのに、胸が大きい。本当な手放したくない。


「柳、ごめん。俺やっぱり」

「いいよ、分かってるから」


 柳の言葉が俺の言葉を塞ぐ。まさか「君って貧乏神だよね?」とは聞くことができるわけもなく、俺の目は魚並みに泳ぎまくっていた。


「実は、俺」


同棲している彼女がいるんだ。そう言おうとした時、部室のドアが勢い良く開いた。梅野先輩の御登場だ。ヤバイ。



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