4-3

「俺はやっぱ柳と付き合う。それに、八巡神社にも行く」

「どうしてですか?」


 貧乏神が福の神に転じたら、俺の不幸体質が緩和されるという下心は確かにある。それに、今までこのゴッドな俺に、付き合いたいと言ってくれた女子は、杏子くらいだった。つまり、三年間に一人だけで、しかも恋人らしいことは全くできなかった。正直、悔しかったし、男として情けなかった。柳は神社の娘として存在し、定着している。貧乏神の性質としては厄介だが、それは柳が悪いわけではない。


「柳も椿みたいに、寂しかったんだと思う」

「私みたいに?」

「そう。だから、簡単には見捨てられないよ」

「分かりました。でも、私とつながりを持ってからにして下さいね。約束ですよ?」

「分かった」


 俺がそう言った瞬間、椿の体がふらりと傾いだ。そしてそのまま、椿は床に倒れた。俺は思わず箸を放り出して、椿に駆け寄った。ぐったりとしていて、俺の呼びかけにも反応がない。息はしているが、体が冷たい。普通なら熱を持っていると思うのだが、神様の場合、逆なのか。それとも、これが神様消失の前兆なのか。俺は焦ってスマホを取り出して、大家さんに電話をかけていた。椿が座敷童で俺にしか見えないことや、声も聞こえないこと、同棲は厳禁であることなどは、頭からすっかり抜けていた。電話に出たのは、牡丹だった。


『はい』

「ツバキハイム207号室の樹です」

『樹様? 何かありましたか?』


 ここに来て、ようやく俺は冷静さを取り戻して、椿の性質についても思い出す。ここで誰かを助けに呼んでも、椿の姿は誰にも見えないのだ。つまり、牡丹が駆けつけても、俺が一人であたふたしているようにしか見えない。


「えっと、親戚の子が遊びに来ていたんですけど、具合が悪いみたいで、どうすればいいのかなって」

『救急車は手配なさいましたか?』

「いえ。あの、そこまでではないので。えっと、ただの風邪だから、その……」

『すぐに参ります』


 まさか、来てもらっても困るとは今更言えない。俺はおとなしく「はい」と答えていた。そして、椿をベッドに運んで、布団をかける。元々小さな体だからなのか、それとも神様だからなのか、重さは感じなかった。しかし、この時俺は気付いてしまった。椿の髪の色が、金髪から白くなっていることに。もしかして、椿の存在自体が危ないのでは、ということに今になって気付く。俺が貧乏神の柳と付き合おうとしたから、椿は俺のために力を使い果たして消えようとしている。


「俺のために、椿が……?」


 俺は立ち上がってスマホと財布を手に取ると、玄関に向かって駆け出していた。今まさに俺の部屋のインターホンを押そうとしていた牡丹とぶつかりそうになる。牡丹の手にはビニール袋があり、スポーツドリンクやゼリーなどが入っていた。まさに子供の世話をするための物だ。しかし相手は子供は子供でも、座敷童なのだ。


「樹様?」

「ごめん、牡丹。椿の事頼む!」


 そう言って俺は夜の街に駆け出した。牡丹は俺の勢いに押され、ポカンとした表情で俺の背中を見ていた。一方の俺は、ツバキハイムから一番近いコンビニに駆け込んでいた。自動ドアの音楽が鳴り、店員が明るく「いらっしゃいませ」と声をかけている。ここで「女の子と繋がれる物とは何ですか?」などと聞けば、変質者扱いされて、一発で警察に通報される。何か身に付けられる物で、椿が身に付けていてもおかしくない物を探し、俺は雑貨売り場に向かい、商品を眺めた。息を切らしている俺を、店員が不審そうに見つめていたが、今はそれどころではない。そして俺は雑貨売り場から回り込んだ反対側の棚で、椿が喜びそうな物を見つけた。値段も見ずにカウンターに持って行くと、千円もした。どうやら今子供たちに人気の変身美少女物の玩具で、最後の一つだったようだ。運がいいのか悪いのか。俺は千円札を悔しがりながらもトレーに置いて、会計を済ませる。袋は必要かと尋ねる店員に「結構です」と断って、来た道を引き返す。人目もはばからずアパートまで全速力で走った俺は、自分の部屋のドアを開けた。

 俺の部屋には牡丹がいて、机に出しっぱなしだった俺の夕食を温め直してくれていた。


「お帰りなさいませ、樹様」


相変わらずメイド姿の牡丹にそう言われると、何だか背中がゾクゾクした。


「あの、椿様というのは?」


俺は思わず顔を覆った。焦って部屋から出るとき、思わず「椿と頼む」と言ってしまっていた。牡丹は椿と言うのが、俺の親戚の子供の名前だと思ったに違いない。その子供の姿が見えないのだから、牡丹は心配しただろう。きっと、部屋の隅々まで探してくれたに違いない。


「ごめん、後でちゃんと説明する」


俺はベッドに近付き、椿の髪の毛を縛っていた和紙製の髪留めを、するりと抜いた。ぱさりと軽い音と主に、枕の上に白髪が広がる。そして手にしていた髪留めゴムで、同じように椿の耳の上に髪の毛を結い直す。この髪結いゴムには大きめの鈴が二つ付いていて、鈴の上には椿の葉のようなモチーフもくっ付いていた。


「これで、つながれたのか?」


俺が手を離すと、椿の白髪が金色に戻った。そして椿の目が開き、意識も取り戻した。


「あ、主……さ、ま?」

「椿! 良かった!」


 俺は思わず椿を抱きしめた。不安は吹き飛び、俺は安堵していた。そして俺は喜びのあまり、大事なことを忘れていた。


「樹様?」


 ぎくりとして、ゆっくりと振り返る俺の視界に、訝し気な表情の牡丹がいた。それはそうだろう。暗くなってから呼び出しておいて、不可解な言葉をかけて飛び出していったと思ったら、手に変身美少女物の玩具を持って帰り、一人芝居をしている。これは変人認定されてもおかしくないレベルだ。いや、マリア先輩の言い間違いではないが、変態認定だろうか。俺は椿から飛びのくと、何故か銃を向けられたが如くに、両手を挙げた。罪を犯しているわけではありませんアピールだった。


「牡丹は、座敷童は本当にいると思う?」

「え?」



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