3-4


 贅沢など、不幸体質の俺にはできるはずもない。今までの経験から、入院生活にでもならなければ、やっていけるだろう。奨学金もあるから、授業料はそれで賄うことができるのだし。しかし、よく考えてみると、俺はこの土地に来てから風邪一つ引いていない。この土地は案外俺に合っていたのか、それとも大家さんや牡丹が世話を焼いてくれるからか。まさか、本当に椿の御利益とでもいうのだろうか。


「ふむ。頼んだ」

「はい。失礼しました」


 俺は竹内研究室を後にして、一度アパートに帰った。


 そして自転車にまたがって、八巡神社を目指してペダルをこいだ。もしも、と考える。もしも柳が俺と本当に似ているならば、と。柳は外見上、モテる部類に入るだろう。しかしその周辺には、不自然なほど男っ気がない。もしも柳が俺と同じ不幸体質だったとすれば、そんな状況にも納得がいく。付き合いたくても異性の方から逃げていく。しかも、俺のことを思いやって、別れを切り出される。そんなことはもう嫌だった。俺としても、柳には惹かれるところがあった。何故かは分からないが、直感的に同類だと感じていた。だから、今度は相手から告白される前に、俺が柳に告白しようと思った。もしも振られても構わない。俺の不幸体質が招いた結果だと、諦めることもできる。


 それにしても田舎の人は、自転車で行くような場所を近いというのか。山手線なら駅一つ分はある。軽くカルチャーショックを受けながら、慣れない道を行く。すると急に視界の中に木々が生い茂った場所が映り込む。


「ここか」


 神社は林に囲まれていた。正面には朱色の立派な鳥居が鎮座する。駐輪場に自転車を停めて、その鳥居をくぐる。参道は舗装され、鳥居と一直線に社へと続いていた。思ったよりも大きくて立派な社だ。参道脇にはお守りなども売っている。そのお守りは何故か、一様に赤い色をしていた。社の前に、神社の由来を示す看板があった。内容はほとんど竹内先生に聞いた通りだった。唯一付け足されていたのは、この神社に祀られている神様が、赤い色を好むという言い伝えだった。なるほど。だからここのお守りは全部赤いのか。ここまで赤いお守りがそろうと不気味というか、圧巻というか。


「こんにちは」


 俺が食い入るように神社の立て看板を読んでいると、鈴を鳴らしたような澄んだ声音がした。振り向くと、そこには一人の巫女さんが立っていた。黒の長髪を一本に束ねた、俺より若い女の子だった。目元が涼し気で、落ち着いた印象がある。女子高生のアルバイトだろうか。若いというより幼さが残る。


「こんにちは」

 

 咄嗟に俺も挨拶をする。神社で巫女さんに出会うというシュチュエーションは、なんだか恋愛シュミレーションじみていて、笑いそうになる。


「私は林田桜はやしださくらといいます。近くの高校に通っているので、ここでアルバイトをしています。もしかして、竹内先生の学生さんですか?」

「俺は樹拓磨といいます。一応そうです」

「やっぱりそうだったんですね。毎年この神社に実地調査にいらしているので、勝手に親近感を持っていて」


 桜は柔らかく微笑んだ。


「この神社は人生の幸福を願われる方が多いのですが、恋愛成就の神社としても有名なんですよ。お一ついかがですか?」


 桜はそう言ってお守り袋を示す。何だか、桜が神社に雇われている理由が分かった気がする。とても商売上手だ。この流れでいったら、誰でも「じゃあ、お一つ」と言ってしまうだろう。しかも桜が手で示したのは、一つ五百円と、結構なお値段だった。


「あの、俺、違うんです。ここに森田柳さんがいらっしゃると伺っていて」


 それを聞いて、桜は目を丸くした。


「お嬢様の、彼氏さん?」

「いや、まだ彼氏ではないんだけど」


 俺がぎこちなく答えると、桜はすっと目を細めて俺を見つめた。そして、まるで別人のような声で忠告してきた。


「女難の相が出ています。気を付けたほうがよろしいでしょう」

「へ?」


いや、もう災難には慣れてしまっているが、女難と言われたのは初めてだ。そもそも、俺に女の人が近づいた試しがない。確かに、あれを女性と言っていいのであれば、椿から金縛りの刑には合っているが、それくらいだ。まあ、さっきまで、マリア先輩に「変態」と言われ続けたし、そのマリア先輩を紹介してくれたのは竹内先生だったが。うーん、確かに大学に入ってから、妙に女性に出会っている。しかし、誰も女難という雰囲気ではない。むしろ助けられているという感覚だ。


「あ、すみません。私、ぼーっとしている内に何かぼやいている時があるらしくって。また、何か変なことを口走ってましたか?」

「え? ああ、女難がどうのって」

「す、すみません! どうか忘れて下さい。本当に、気にしないで下さい。あ、お嬢様を呼んでまいりますね」


 桜は社務所の奥に消えた。


 すぐに柳が出て来て、驚いたように俺を見つめた。


「たーくん、どうしたの?」


 さっき別れたばかりの男が、さっそく自宅に現れれば、警戒するのも分かる。しかし、先に俺を誘ったのは柳の方ではないか。やはり俺の春は遠いのか。いや、いや、待て。サークルに誘われたのだから、ここで押してみるのも悪くはない。俺の目標である「脱・ゴッド」を成し遂げるためにも、脈ありなところはとことん押すべきだ。言っておくが、俺は柳の可愛らしいふわふわな部分とか、胸が大きいとか、そう言った外見だけが好みの色バカではない。柳だったら神社の加護を得られるのではという部分は……、正直なくもない。ただ、俺は柳が一緒にいてくれたら楽しいだろうと思う。俺は自分自身に精一杯の理由を付けて、柳に頭を下げた。


「俺と、付き合って下さい」

「たーくん、本当に?」


 俺は耳まで赤くしていたが、柳の顔も真っ赤だった。神社のお守り並みに、赤い。そして先ほど桜に、この神社は恋愛成就の御利益もあると聞いている。それなのに、拒否られたらかなり凹むんですけど。だから、神様、頼む。俺に光を!


「嬉しい! たーくん」


柳の温かな手が、俺の手を包み込む。


「よろしくね、たーくん♡」

「こ、こちらこそ、よろしく。柳」


 俺は心の中で雄たけびを上げた。杏子と別れてから、常に孤高のゴッドであった俺に、ついに彼女ができた。いいか、孤独なゴッドではなく、孤高のゴッドだ。そんな俺に、ついに相思相愛の恋人が出来たのだ。杏子とはできなかったことを、沢山思い浮かべる。あれやこれや、こんなことも。ああ、俺の青春万歳! 



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