2-2

「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。傷つけるつもりはなかったの。柳は本が好きで、人付き合いが苦手で、運動音痴で、今までどうしようもなくて、友達も少ないの。自分と同じ感じの人がいないかなって、思ってて。それで、樹さんが柳と似てるなって思って、この人なら柳のことを馬鹿にしないで、一緒に話ができると思っていて」


 口早に柳は言ったが、途中、俺の傷口に塩塗ってきたな。人付き合いが駄目で、運動音痴で、どうしようもなくて、友達も少ない。いや確かに、俺もそうだけどさ。この子、もしかして他人を傷つけているという自覚がないのか? 俺ですらこんなに無自覚に人の悪口は言わないぞ。でも、そんな子が、今一生懸命に自分なりに、自分の想いを訴えている。きっと勇気がいることだ。四年間、なるべく静かに平穏に、誰にもかかわらずにいれば、意外に平和にほのぼのとできるのではないかと考えていた俺よりも、柳の方が自分を変えようと努力しているように見える。その点には、正直心を打たれた。俺が感心していると、柳はスプリングコートのポケットから、一枚の浅黄色の紙を突き出した。


「もし、良かったら、一緒にサークル活動してください」


 柳はそう言って紙を俺に押し付けて、大学近くの神社の方に去って行った。紙には

「音読サークルのお誘い」という文字があった。俺はため息をついた。


「なんだ。ただのサークル勧誘か」


 そう呟いて、舞い上がった自分を恥じる。紙に目を落とすと、サークルの活動拠点と時間帯、活動同内容が書いてあった。毎回短編の文学作品を、一人一作朗読するだけのサークル。作品の選択は、文字が主体の文学作品なら何でも有りで、基本的に次回の朗読担当者に任される。つまり、次回作品はお楽しみという趣向らしい。なかなか面白そうだ。場所はサークル棟二階の「部室」で、週末金曜日に五時半からだ。授業が終わる時間帯に合わせてあり、朗読担当者が作品を吟味するために、一週間という猶予がある。大学生は授業が主体であり、それを支えるためにアルバイトも必要だ。その時間を確保しながらの活動内容に、俺は好感を持った。そうだ。不運を恐れて何も縮こまっていることはない。俺は何も悪いことをしているわけではない。せっかくの大学生活だ。楽しんだって罰は当たらない、はずだ。柳にも謝らなくてはならない。そう思いながら、自宅アパートに戻る。その途中、小さなスーパーが目に入った。地元企業らしく、ここに来て初めて見るスーパーだった。料理はしたことがないが、自炊したほうが安いと聞く。財布の中を確認するまでもなく、贅沢は言っていられない。俺はスーパーに入って、品数の少なさと安さに驚いた。大学に近いだけあって、一人暮らし用にばら売りになっている野菜が多い。肉も魚も、小さなパックに詰められていた。こういう気配りは有難い。と、そこで思い出す。俺には同居人がいたのだ。いや、人ではない。しかし、食べるのか? 食べるとして、どういうのが好みなのか? やはり和食なのか? だとしたら、俺は何を作ればいい? 

 頭を悩ませながら角を曲がった時、救いの女神がそこにいた。牡丹だ。その服のために離れていても、すぐに彼女だと分かった。牡丹が視線を感じたように振り返る。俺が近づくと、牡丹の方も俺に近づいてくる。


「何か、お困りですか?」

「あのさ、神棚って、何を供えればいいんだろう? ほら、座敷童って子供なわけだし、甘い物とか、お菓子とかがいいのかな? それとも、やっぱりお稲荷様みたいに、和食がいいのかな?」


椿のことを思い出していたら、しどろもどろになってしまった。牡丹は怪訝な顔をして、そんな俺を見ていた。明らかに、何言ってんだ、こいつ? 的な顔だ。しかし、牡丹は最終的に、笑った。しかも店内で大笑いだ。


「子供だから、お菓子、ですか? そういう発想はありませんでした。樹様は優しいんですね。あははは、ごめんなさい。ツボに入りました」


 口元こそ覆っているが、身をよじって、涙まで浮かべている。俺はそんなにおかしいことを言っただろうか。それとも、牡丹の笑いのツボは、浅いのだろうか。やっと笑いが収まった牡丹は、俺に予算をきいてくる。そこは聞かれたくなかったが、大家さんのメイドである彼女に、いまさら経済状況を隠しても仕方がない。


「取り合えず、手持ちは二千円です」


小声で言うと、牡丹は驚いた顔で俺を見た。それはそうだろう。コンパに参加した俺が、たったそれだけしか持ち合わせていないのだ。新入生歓迎のためのコンパだから、新入生は無料という言葉を信じただけだ。


「失礼ですが、献酒は?」

「犬種?」

「お神酒のことです」

「ああ、ないです」

「では、今日のご予定は?」

「特にないです」

「では、少し奥様のところにいらしてみてはいかがでしょう?」

「いいんですか?」

「奥様も喜ばれます。それに、私がいない時に備えて、作り置きした料理もありますから、夕飯もご一緒にいかがですか?」

「いえ、あの」


 まさか、座敷童と同棲していて、早く帰らなければならないと、正直に言えるわけもない。言ったところで、信じてもらえるわけもない。牡丹だって、あくまで神棚に供える物を考えているわけで、座敷童が本当に食べる物とは考えていないはずだ。


「作り方を、教えていただけませんか?」

「和食の、ですか?」

「無理なら、いいんですけど」

「私は構いませんが、奥様に相談が必要です」

「ああ、そうですよね」


 俺は牡丹に連れられて、スーパーを出た。俺は何も買わなかったので、マイバッグを肩にかける。


「あ、有難うございます」


 牡丹は一週間分の食材を一回で済ませていたので、バッグは結構な重さになった。いくら近いとはいえ、これを毎週運ぶのは大変だと思った。



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