第40話 血まみれの好敵手。圧倒的な『皇帝』の力の前に俺は……
中央に祭壇を備えた円形の台の上で軍が来るのを俺は一人待ち構えた。
直径車4台分はあるかと思われるそこは闘技場というより劇場に見える。
ただ待つだけというのは退屈なもんだなぁ、なんて柄にもなくしみじみと思っていると、劇場を取り囲む人の気配をかすかに感じた。
殺気ほんのわずかに漏れ出ただけだったけど、それを感知できるほど俺の感覚は極限まで研ぎ澄まされていた。
ナキアさんたちはちゃんと逃げられたかな。
ようやく罠ではないと判断した軍がぞろぞろと円形の檀上を取り囲んでいく。
もちろん中心にたたずむのは全ての黒幕、アセナを縛り付ける者、冷血宰相ミハイル=クローディアス。
「逃げなかったとは感心だよ。それともあきらめたか?」
一聞すると、小物と勘違いするセリフを宰相が言うとは思わなかった。
「どちらも違う。あんたがいるとアセナは本当の意味で自由になれない、ここでケリをつける。そのために俺はここに残った」
何度も言うようで悪いけど、そうじゃないと、彼女を守れないからだ。
すでに練り上げている霊象気を解放し、悠然と対峙する。
「なるほど、どうやら私は君を買いかぶりすぎていた。まさか単なる愚か者だったとは」
取り囲んでいた兵士たちから一斉に銃口を向けられる。
数は20と言ったところか。かなりフェイの方で減らしてくれていたみたいだ。
「一つ聞きたい。フェイはどうした?」
「フェイ?」クローディアスは顎をさすりいぶかしむ。「ああ、もしかしてこいつのことか」
後ろから数人の兵士が引きずってきたそれをわずわらしげに俺の足元へと転がしてきた。
それは血まみれのフェイだった。
こと切れている無残な好敵手の姿に、心がざわつく。
「本当にこいつは失敗作だ。唯一の取り柄だった忠実さを失い。挙げ句の果てに邪魔立てするとは……」
いやまだだ。ほんのわずかだけど霊象気を感じる。
だけどこのままじゃ確実に死ぬ。一刻の猶予もない。
「人間とはままならないものよ。そう思わんか?」
「うるせぇよ」
霊象気を込めた拳をなぎ払い、兵士達を蹴散らした。
「な……」
バタバタと倒れる兵士達を眺め、初めてクローディアスの驚く顔を俺は見た。
――イスタ流六式拳道、【
拡散させた霊象気を当て、相手を昏倒させる技。ただし腕の立つ人間には効果が薄い。
もっとも意志が弱い人間や、【霊象術】を身に付けていない人間には効果は絶大だ。
ほうけたように突っ立っているクローディアスを無視して、フェイの口に治療薬を流し込む。
「あんたの理屈は聞き飽きた。さっさとケリを付けようぜ」
心の中で薬が効いてくれるのを祈りながら俺は立ち上がった。
出し惜しみはしない。全力で叩き潰す。呼吸を整え、心のギアを上げ、拳を握りしめた。
「……ハハハハハハハハハハハッ!」
最初、喉の奥で押し殺した肩での笑いは、やがて声をあげての高笑いへと変わっていった。
「一騎打ちとは意外と古風で驚いたよ。しかし――思い上がったな。小虫が」
白き【皇帝級】の右手で剣を抜いてくる。
あふれ出る巨大な霊象気が大気を震わせ、空を暗雲で満たした。
海の底と錯覚するぐらいの圧迫感が肌にまとわりつく。
「この力を前にしても微動だにしないとはな。なるほど以前より力が増しているな」
うぬぼれているつもりはない。けど以前の俺だったらこの圧力の前に何もできず沈んでいた。
「ごたくを並べるヒマがあるなら、さっさとかかってこいよ」
「なに?」
瞳を細める。冷血と呼ばれる男にも怒りという感情があったんだな。
「それとも……怖いのか?」
「……ふん、よかろう。その安い挑発に乗ってやるとしよう」
鼻で笑うや一閃。青白い霊象気の斬撃が俺に向かって飛んできた。
横っ飛びでかわした刹那、横薙ぎの銀閃が俺の首へと迫る――いや、慌てる速度じゃない。
冷静に左へと受け流した次の瞬間、円形の舞台の半分が跡形もなく消し飛んだ。
「よくかわした。しかし見るがいい、軽く振っただけでこの威力。いくら力を付けたところで君では足元にも及ばん」
「うるせぇよ。こっちはあんたの能書きにはいい加減うんざりしているって言っただろ。いいからかかってこい」
「勇ましいな。しかしその虚勢がどこまで張れる!?」
銀色の刀身が再び襲い掛かってきた。
嵐を
受け止めるたびに貴重な文化遺産がその原型を失っていく。
「すさまじい成長に敬意を表するよ。短期間でこの速力に付いてこられるようになるとはな?」
「そりゃどうも、一つ聞きたい、あんたをそこまで戦争に駆り立てるものはなんだ?」
「フッ――話す余裕があるとは、つくづく驚かされる……それについては私に勝てたら教えてやるとしよう。不可能だがな!」
奴の身体から激しいスパークが噴き出す。
途方のもない力の本流が一点に集中。
周囲の空間がガラスのように叩き割られる渾身の一振りが俺の胴を断ち切らんとする。
もはや切っ先どころか、霊象気の光しか見えない斬撃を俺は――。
粉々に打ち砕いた。カウンターでの右フック。
無数の破片がキラキラと舞う様はとても幻想的だった。
「こんなもんかよ。【皇帝級】の力というのは?」
「な、何!? バカな!?」
もっとも奴の方は悪夢でも見ている気分だったに違いない。
間抜けにも大きく目を見開いてしばらく動かなかった。
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