第41話 白熱に染める秘技が終止符を打つ!

 我に返ったようにクローディアスは距離を取る。むなしく残った柄を無造作に投げ捨てた。


「四の五の言わず全力で来い、時間の無駄だ」


「――ふ、ふははははっ! 手加減は無用ということか、では望み通り己の愚かさをその身に刻み付けてやろう!」


「ようやく【狂咲】か?」


「……愚か者め、今さら私が【狂咲】なぞするものか。もっと素晴らしい力があるというのに!」


 突然クローディアスの右腕がふくれあがった。


 胸の中心から目がくらむ閃光と一緒に、さっきまでとは比べ物にならないほどの霊象気が、津波となって押し寄せる。


 中年紳士の姿が変貌していく。


 肌は若々しさを通り越して、陶器を思わせるほど白く無機質に。


 胸の中央には青白いひし形の霊象石が悠然と輝き、目も髪も青く蛍光する。


 情報がそれだけであれば、人間の姿を保っている風に思うかもしれない。


 指はかぎ爪のように鋭くなり、肩や頭、肘や背中から角を生やしていたら、もう人間を捨てている。


 息を吐きながら、ゆっくりと身を起こすと奴は俺を見て、空へ手を掲げ――。


「っ!」


 振り下ろされた瞬間、頭上に落雷が直撃した。


 とっさに俺は腕を交差して防いだが、生まれて初めて受けた衝撃に地へ叩きつけられる。


 反応はできる。あまりの唐突さに半歩遅れた。


 見えてもいたし、受け身も取れた。少しあっちこっち焦げているけど何とか動く。

 流石に何回も食らったら、ヤベぇけど。


『今のを食らって起き上がってこれらるとはな。まったく忌々しい』


 声も重なって聞こえる。雷で耳がやられたってわけじゃないみたいだ。


「そんなことをしたら体内にケガレが回って死ぬと思うけどな」


『フッ……教えてやろう。蒼血人の血はケガレに耐性があるのだよ』


 長年の研究で血清を作りあげたとクローディアスは言った。移植をしてもケガレに侵されないのはそのためだと。


『とはいってもコントロールできるのは腕一本分だけだがね。しかし残念だ。【天血】を持つものならその10倍の効果が期待できるのだがな』


「……アセナを狙う本当の理由はそれか」


 答えない。答えなくていい。最初から許さないと決めている。


「まぁ、確かに少し侮っていたみたいだ」


 決して遊んでいたわけじゃない。機が熟すのを待っていた。ちょうど正午になるこの瞬間を。


「相手が本気で戦ってきているのに、こっちも本気でやらないのは失礼ってもんだ」


 フン、といって鼻で俺の言葉をあしらった。


『今の私は相手の霊象気を見ることができる。まだかなりの量だが私には到底及ばない。強がりはやめたまえ』


 へぇ~知らなかったよ。【皇帝級】にはそういう力があるのか。


「ちなみに聞きてぇ、あんたのその姿――人をやめたのか?」


 高笑いの後、桟橋の時のように両手を広げ徐に語り始める。


「やめたとは少々不適切だな。これは進化! 私は人間という下等な種族から神へ昇華の道を歩み始めたのだ!」


 誇大な物言いに、そうか、と一言告げる。


「人間じゃねぇなら安心した。忍びなかったんだよ。【守護契約士】は人を殺せないしな」


『――言葉を慎め、神となりうる存在の私にいささか無礼だ』


 人が変わった、いや実際に人を辞めているか、おごり高ぶった男のどうでもいい話を無視して息を整える。


「俺から話しかけておいて悪りぃが、やっぱ聞くにたえねぇ」


 拳を中段に構える。


「この後デートの約束があって予定が押しているんだ。秒で終わらせる」


『なんだと?』


「霊象気が見えるんだったよな。よく見ておけ」


 眼前に拳を構える。一気に霊象気を解放し、左腕の龍紋が金色に輝いた。


『なんだ、それは……』


 体内の隅々まで潤沢な霊象気が駆け巡り満ちていく。


 次第にその流れは加速し、やがて光の速度へと到達する。


「【青輪滅火ディジェネレイト】――説明している時間はねぇ……行くぞ!」


 大地を蹴り、奴の胸の中心にある【霊象石】へ左拳をねじり込んだ。


「【角宿蒼炎アルシマクアズール】」


 青い炎の爆発が【霊象石】が打ち砕いて世界を飲み込む。







 ――残されたのは胸に穴の開いたクローディアス。それを背中から倒れていく身体を流し目で俺は見つめた――終わった。


 見上げると立ち込めていた暗雲が晴れて日差しが差し込んできた。


 踵をかえし、同じく倒れているフェイの元へと向かおうとしたその時。


『……う』


 クローディアスがうめく。まさかあれを食らって生きているなんて!


 ――いや、でも起き上がってこない。


 ゆっくりと奴へ俺は近づいた。辛うじて息はあるものの、文字通りの虫の息。なんていう生命力。これも【皇帝級】の力か?


「……しぶといな」


 力なく開いた目。焦点はあっていない。静かに口を開く。


『……まさか……霊象気を体内で……光速……循環……させる……とは……な』


 ナキアさんと特訓で習得した技、名前は【星炉クライン】と付けた。【継約術】で生じた大量の霊象気を体内で高速循環させる。


 これにより身体能力は大幅に向上した。


 最初からまともに戦えたのはその公算が大きかったんだと思う。


 さらに俺の霊象気の性質が【太陽】だったこととで特異な事が起きた。


 循環速度が光速に近づくにつれ、体は重くないのに体重が増加したんだ。

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