第34話 奪還成功! ウソだと思っている君へ想いを伝える『唯一』の方法

 ごめん、もう少し辛抱していてくれ。後で何でも言うこと聞くから。


「この者はその異能をもって、罪なき者を反逆者と称し、愚かにも自らの欺瞞ぎまんで断罪をしていた。これは許されざる行為、いわば悪魔の所業である!」


 執行官から罪状が述べられていく。


 下手にかっこつけているせいでちょっと何言ってるかわかんねぇ。


 ――そんなこと絶対に許されない!

 ――夫を返して!


 そんな声が最前列から上がってくる。クソが、好きかって言いやがって。


「こともあろうか、敵国へと逃げおおせ、更にその情報を漏洩した。これにより今や国家は存亡の危機に立たされている!」


 演説の間に用意は終り、アセナは絞首台の上にのぼり、補助官によって首に縄がかけられた。


「慈悲深い冥界の女神よ、明昼、この者の命をあなたに託します。冥府において罪が洗い流され、来世では御身の崇高な導きで、あなたの愛と癒しの力を与えてください」


 年老った教戒師の祈りの言葉が唱えられる。


「これらのことをあなたの聖なる御名によってお願いします」


 得体の知れない祈りがささげられると、立ちあいの執行官は時計を見ながら、命令の時間になるのを待っている。


 視界の端で時計台を見る、もう残すところ1分あまり――。


「なにか言い残すことはありませんか?」


 という教戒師の厳かな声音が響いた。アセナは何も答えない。


 死刑の時刻は、あと30秒ほどにせまる。刻限の鐘が鳴る。執行官は死刑を執行開始。

 補助官が足をささえている台の縄を切ろうと斧を振り上げた、その瞬間――。



「行け! アンシェルっ!」


 両脚に仕込んどいた霊象気を一気に解き放ち、飛び上がった俺は瞬間的に距離を詰めた。

 腰からナイフを抜き即行で縄を切り落とす。


 講衆が唖然とする中、そのままの勢いでアセナを抱きかかえるとその場から緊急離脱した。


 屋根伝いに市街地を走り抜ける。


 遠くの方から「追え! 追え!」という兵士の声が聞こえる。


 それと時を同じくして広場から爆発音。きっとナキアさんたちが暴れているんだ。

 みんながひきつけている間に都市の抜け出せるかが勝負。


 レアさんの話だと、城壁の外まで行ければの協力者、皇帝側の人たちが脱出ルートを確保してくれているとのこと――急ごう。


 懐にうずくまるアセナを見る。その目には泣きはらした後があった。


 そうなるまで不安な思いをさせてしまったことにものすげぇ後悔した。


「悪りぃ、遅くなった」


 その俺の言葉に、きっと耐えきれなくなったんだと思う。


 ぶわっと涙があふれ、胸の中でむせび泣いてしまった。


「ごめん。もうちょっと早く助けられれば良かったんだけど、ギリギリになっちまった」


 本当にごめん、と俺は何度も謝ったよ。本当に申し訳ねぇ。


 ひとしきり泣くと、震える唇でアセナが口を開いた。


「……ごめんなさい。助けに来てくれないんじゃないかって、エルくんを疑ってしまっていた」


「いや、いいんだ。そうさせてしまったのは俺だ。アセナが悪いわけじゃない」


「それだけじゃない……生きたいって思ってしまった。多くの人命を奪っておいて……あの処刑場で響いた人の声は全部真実、ぬぐうことのできない私の罪で死ぬべき人間なのに――」


 消え入るような声でアセナは言った。


「やめろよ。そんなこと言うな。アセナ」


 たまらなくなってさえぎろうとするも、言葉を連ねることをやめない。


「私は醜い。だからエルくんは、こんな私なんか置いて――」


「もういい! アセナ! みんな君を必要としている! ナキアさんにシャル、協会で待つカサンドラさん、それとレアさん、フェイもだ。なにより俺がアセナを必要としている」


「ウソ! 私にはわかる。だってそれは【霊象予報士】としてだよね。それ以外は何の――」


「違う! 【霊象予報士】とか罪とかそんなの――全部どうでもいいんだ!」


「どうでもよくないよ! だって私は――」


「俺だってずっと考えていた。たしかに俺は君に罪を償わせる立場にあるかもしれない」


「だったら――」


「結局俺って好きな女の子の涙さえ止められないバカだからさ。思いついたのはオリジナリティも欠片もない。アセナが背負っているものを一緒に背負う、それだけだったんだんだ」


 涙にぬれた青い瞳が大きく見開かれた。


「これから全部一緒に悲しんで、怒って、喜んで、そして笑ってやる。だからもう泣くな」


 ようやく伝えられた。やっと素直になれた。あのヒマワリの下で一目見た時から、俺は……。


「……うそ、ウソだよ。そんなの全部……こんな私を好きなってくれる人なんて……」


「ウソだっていうなら、触れてみればいい」


 最初はためらっていたけど、俺の頬にアセナの冷たい指が触れる。


「あたたかい」青く澄んだ、そのつぶらな瞳で彼女が言った。「ありがとう」


 今まで曇っていたアセナの瞳に光が戻った――そんな気がした。


「……でも、これからどうするの?」


「『契約』しただろ?」


「――え?」


「言っただろ? アセナ、君を無事に【マルグレリア】へ送り届ける。そしてデートのやり直しをするんだ。この間は邪魔が入っちまったしな」


 これは煙に巻いた言い方だったかもしれない。


 いつものふてくされた顔をアセナは見せてくれる。


「……それは、うん――そうじゃなくて、ここからどうやって逃げるの?」


「大丈夫だ。都市を出ればレアさん、殿下が退路を確保してくれてんだ」


 殿下が!? って彼女は驚いた。


 そりゃぁ、お姫様の名前が出れば誰だってびっくりする。


「それにフェディ――フェイだってずっとアセナのことを案じていたぜ。アイツから頼まれたんだ『先輩を頼む』って」

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