第33話 狙え! 彼女を『救』う唯一の瞬間を!
ゆっくりと足から浸っていく水の音がして、く、くそぉ……生々しい。
この状況で唯一幸いだったのは、対面こそあれ離れて入ってくれたことと、湯気でほとんど何も見えなかったことだ。
息を吐いて背伸びをする。や、やめろ。足を上げんな!
「……ったく、つかれたぜ……キサマのせいだぞ? あんなに激しく攻めてきやがって」
「言い方! きわどい表現やめろ! 誤解を招くだろ!」
ほんと勘弁してくれ。くそぉ、ずっとペースを乱されっぱなしだ。
「どうだ? なんか思いついたか?」
首を横に振った。始める前ナキアさんは俺に言ってくれたんだ。
――戦いの中で自分に合った形を見つけていくんだ。それが一番の近道だ。
って、いっても戦いに精一杯でそんなこと考える余裕なんてなかったけどな。
ま、そりゃ、そうか、と湯気の向こうで肩をすくめている。
「なーに、光の速さで日がのぼってくるわけじゃねぇんだ。まだ時間がある」
腕をのばして、マッサージやらストレッチをし始める。
温泉の湯のせいで褐色肌がテカって、こいつは精神衛生上よろしくねぇ――ん?
「そいつはこのホシが太陽の回りを周って、季節が巡り巡るのと同じぐらい当たり前のことだ」
光の速さ……時間……太陽……回る……巡る巡る……?
「安心しろ――最悪の場合は……って、どうした? なんか思い付いたのか?」
「……ちょっとね。ナキアさん、今から――」
「バカ、もう勘弁しろ。今日のところは何かに書き留めて、メシ食って寝ろ。休むのも修行」
二人にも言われただろ? ときっぱり言われる。
正論。今日のところは言う通り、おとなしく休んだよ――そして2日目。
「いったい何をしたん!」
「……ひどい。体の中の霊象気がめちゃくちゃです」
ぶっ倒れた俺の側にシャルとレアさんが駆け寄ってくる。
「んぐ……が……はっ!」
身体が燃える! 何だこれ……。
昨日頭に浮かんだ考えが、だんだんものになってきた矢先、唐突に俺の身体を猛烈な熱さが襲った。まるで溶けたマグマが体をめぐるような。
「さっさと立て! アンシェル」
這いつくばる俺にナキアさんは容赦なく罵声を浴びせてくる。
「何言ってるん! ナキにぃ! ダメだよ! これ以上はドクタースト――」
「大丈夫だ。シャル、まだ……やれる」
もう半分ケンカ腰で詰め寄っていったシャルの肩をつかんだ直後に、俺の膝が崩れ落ちる。
「何ってんの! ボロボロじゃん!」
くそ、力が入んねぇ。
「シャル」厳しい声でナキアさんが言う。「時間がねぇ、邪魔すんな」
「ナキにぃ!?」唖然としてシャルが言った。「ちょ、もうちょい言い方があるっしょ!」
「ここで立てなきゃこいつはここまでだ。嬢ちゃんを救い出せないし、前みたいに腐って落ちぶれるだけだ」
言ってくれるじゃねぇか。カサンドラさんにケガさせた時のことを言っていんのか。
ハッパをかけるにしても、言葉選べよ――ぶっ飛ばすそ。
「どうした? モタモタすんな! 時間がねぇぞ!?」
わかっていんだ。ナキアさんも焦っているんだ。
だから自分が悪者になってまでけしかけに来ている。
「こんなんじゃあのクローディアスを倒すどころか嬢ちゃんさえ助けられねぇぞっ!」
安い挑発だって頭ではわかっていた。ナキアさんのその言葉で心に火が灯るのが分かる。
膝から下が震える……立て! 言うことを聞け! この!
「守るって決めたんだろ!? 寝ているヒマはねぇだろ?」
「……わかり切ったこと聞くんじゃねぇよ」
へこたれている場合じゃない! これがアセナを救い出せる最後のチャンスだ!
くそ! ふいにしてたまるか!
「それでいい。期限が迫っているとはいえ、完成するまで手を抜く気はねぇからな?」
「上等! 少しでも手加減しやがったら、逆にぶっ飛ばすぞ!」
「いい根性だ!」
突進してくるナキアさんを真っ向から打ち合いに行く。
それから何度傷つき倒れたか分からない。それでも幾度も回復されながら、立ち上がって――そして処刑当日を迎えた。
広場の前では絞首台が物々しくその異彩を放っている。
しかも周辺はどこからわいてきたのかって言うぐらいの人だかりが埋め尽くしている。
そにしても絞首台による公開処刑なんて中世の魔女狩りかよ。
気取られないようフードの下から覗くも、やっぱり人だかりのせいでアセナの姿を見ることはかなわない。くそ、邪魔だな。
「つーか、よくここまでサクラを集めたな……」
「え? サクラ?」
フードの下でシャルが首をかしげた。
「前方を固めている気負った人たちです」
レアさんの言うとおり、そわそわしているやつらがざっと200人はいる。
「彼の信奉者は多いです。自分の権威を
「つまり、逆らったら殺す的な?」
そんな感じです、と首肯するレアさんの表情は険しい。
そうこうしていると壇上へ、補助官に引き連られ登っていくアセナの姿が。
格好は前に見た時と同じ、死装束としてウェディングドレスをまとっている。
この距離とヴェールのせいでぜんぜん顔がみえねぇ。
「待て、落ち着け、まだ早い」
危なかった。先走ろうとしていた俺の身体をナキアさんが腕をつかんで止めてくれた。
今動いたら、作戦が台無しになるところだった。
最も警戒が緩む執行の瞬間を狙って助けに入る作戦だ。その瞬間だけは人々の視線は一点に集中するし警備の警戒心も削がれる。
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