第32話 肉食系姉御ニキの『トリセツ』
どうすっか、二人に気づかれないようにこっそり出るか……。
「……ごめんなさい。ウチ、お父さんや、カサンドラさんや、ケガレで苦しんでいる人を診ているから、それが帝国の作った兵器のせいだって知って……」
ああ、そういうことか。
別に忘れてはいなかったけど、シャルの親父さんも医者で、患者さんからもらっちまったケガレに苦しんでいるんだったよな。
だけどそいつは――。
「全部が全部そのせいじゃないっていうのはわかっているんですけど、どうしても感情が抑えられなくて――」
「……それは憎いですよね。わたくしたち【蒼血人】が――」
「そんな! 違うんです! 憎いとか、そうじゃなくて……」
「いいんです。大切な人が傷ついて平静でいられる方が無理というものです」
「それは……」
「――申し訳ありません。わたくしたちのせいでシャルさんにツラい思いをさせてしまって、【蒼血人】を代表して――」
「ダメです! それはだけはダメです! 殿下ともあろうお方が、ウチなんか一介の庶民に頭を下げるなんて!」
「いいんです。わたくしなんかの頭でシャルさんの気が済むのなら、いくらでも下げましょう」
「――それでも、そんなことされたら街や故郷のみんなに顔向けできない。それに殿下が悪いわけじゃない。悪いのは全部あの宰相です……だから……」
「……シャルさん」
「ウチごときがこんなこというのはアレなんですけど、とにかく協力して頑張りましょうって伝えたくて……」
「はい! もちろんです! それじゃ……これからは協力しあう仲間、『友達』ってことでいい、ですか?」
「……ウチなんかで良ければ」
なんか丸く収まったみたいで良かった。でもシャルがそんなことを考えていたなんてなぁ。
最初アセナを毛嫌いして見えたのは、もしかしたらそういうことも原因だったのかもしれねぇな。
……アセナ、今頃どうしている?
きっと死刑におびえて眠れない夜を過ごしていると思う。
「こんなことしていていいのか……明日にはアセナが処刑されるかもしれねぇっつうのに」
「エルさん? 休み、傷をいやすこともまた修行の内ですよ?」
岩越しにレアさんが話しかけてきた。嘘だろ? すぐ真後ろにいたのかよ。
「あ、居たんすね。えっと……わ、分かっているんですけどね。どうも焦っちまって」
「心の乱れは、内の霊象気の流れも乱します。霊象力の回復も遅くなってしまいます」
レアさんが言うのだから間違いない。
というのも彼女の自然大行は特殊で【流動】という霊象気回復に特化した属性だとか。
詳しいことは俺にもわかんねぇけど、体内の霊象気と外気の霊象気を循環させて回復をはかっているのだとか。そんなことを言っていた。
そう、俺の修行の環境にはシャルによる肉体回復と、レアさんから霊象回復という修行にはもってこいのサポートがあった。
余りにもうまくできていて、もしかしてこうなる可能性をナキアさんは予想していたんじゃないかって疑ってしまう。
「……そういえばフェイのやつはあれからどうしたんだ?」
「はい、あの後、応急処置をしまして、崩れた東屋に寝かせていきました」
きっと今頃は衛生兵の手厚い看護を受けていると思うと。
「それで、彼のことなんですが……」
なんであいつがアセナを慕っていたのか、ってことをちょっと話してくれた。
クローディアス直属の暗殺部隊はすべて孤児で構成されていて、私生活を常に共にして家族と同じ生活を送っていたって話だった。
選抜訓練で次々と脱落し処分される地獄の中、最終的に生き残ったのは二人を含め6人だけたったとか。
その中も最高傑作と称されたアセナが最年長で、きっとフェディエンカは彼女のことを姉のように慕っていたんだと思う――って。
そんな話を聞いたら意地でも助けなきゃ! って、俺は思い至った。
「あの時『先輩を助けてくれ』って、そういう意味もあったのか……」
はい、と答えるレアさんの声はすこし低かった。そりゃぁ心配だよな。
「辛気臭いぞ~二人とも? とにかくエルやんは修行と回復に集中。あとで傷を見せてよ」
おう、と遠くの方から横やりを投げてきたシャルに答えると、緊張感が解けてきたこともあったんだと思う。なんか腹が空いてきた。
そろそろ上がって、カサンドラさんの弁当でも食べるかぁと思っていると――。
「おう、アンシェル。湯加減のほうどうだ?」
「ああ、すげぇいいぜ。これ」
「そんか、んじゃ、オレ様も入るか!」
「ぶふーーっ!」
生唾が変なところに入って、むせて、せき込んで、目から涙が出た。
「今、ナキアさん、女じゃねぇか! あっちに入れよ! つーかなんで下から脱ぐんだ!」
「はぁ? そんなの寒いからに決まってんだろ? あっちだとアイツらがイヤらしい目で見られるのがヤダって言うんだよ」
「だからって、恥じらいとかねぇのかよアンタは!?」
「何を今さら、つーかキサマなら別にエロい目で見てもかまぁねぇぞ?」
「だ、誰が見るか!? ボケっ!!」
「そりゃ残念――ま、オレ様の方はそういう目で見るが?」
「はぁ!? ななななななな何を言っんだ!? あんたは!?」
イタズラにもてあそばれてテンパる俺を見て、肩を震わせて笑っていやがる。
「相変わらず期待通りのウブな反応見せやがって、まったくからかいがいのある弟弟子だ」
オレ様は楽しい、とケラケラ笑っているけど、俺はぜんぜん楽しくねぇ。
結局、俺の意見なんて無視して入ってくるし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます