第28話 君の『笑顔』を守るための戦いへ

「なっ!」「くそっ!」「わっ!」「きゃ!」


 突然足場が消えて、全員が宙に放り出される。


「エルくん!」


 アセナの叫びではっとする。


 どんとんと遠のいていく彼女を見送りながら俺は叫んだ。


「絶対もう一度、助けに行くから! 絶対! もう少し待っていてくれ!」


 彼女は、うん、ってほほ笑んでくれた気がした。


 なんとか体勢を整え、崩れ落ちてゆく瓦礫を足場にする。


 すると不意にナキアさんがよこぎって、すれ違いざまに伝えていく。


「アンシェル! 姫さんを頼む! オレ様はシャルを!」


「わかった!」


 悲鳴をあげ目の前を落ちていくレアさんを追い、急ぎ飛び移りながら、どうにか救助する。

 だけど、ナキアさんたちとはまた分断されちまった。


「殿下以外は殺せ! 散れ!」


 地上まで落ちていく俺たちをフェディなんとかが率いる暗殺部隊が追ってきた。


 危うく墜落死するところだったけど、レアさんを抱きかかえ、中庭へと降り立つ。


「よっと」


「あ、ありがとうございます」


 なんかすげぇ恥ずかしがっているレアさんをひとまず降ろした俺は辺りを見渡した。


 月光瑠璃草が生い茂って、細やかながらの東屋がいかにも宮女たちの憩いの場って感じだった。


 遠くの方でさっそくナキアさんとシャルの撃ち合いする音が聞こえてくる。


 全く血の気の多い二人だ。


「エルさんって、わたくしが王女って知っても態度を変えないんですね」


 周囲の状況を探っていたら、レアさんがそんなことを聞いてきて少し面を食らった。

 あれ、やっぱ、まずかったか?


「い、いや、ついっつうか、なんかレアさん、そういう風に相手から改められるの嫌がってそうな気がしたから、この方がいいのかなって」


 え? と目を丸くする。違うのか? さっきの言い方にそんな含みを感じたんだけど?


「あれ、違いました?」


 そんな無意識のうちに出た投げかけをレアさんは大きく首を振って否定する。


「ほんとエルさんって不思議な人ですね。アセナさんがひかれるのも分かる気がします」


「引く? ああ、そうですよね。やっぱりキモイっすよね。俺……」


 うすうす自覚していたけど、面と向かって言われるとさすがにショックだ。


「そういう引くではありません! まったく……」


 え? なんで怒られたんだ俺? しかも呆れられている――ん?


「急ぎましょう。予定では執行まで2日でしたが、この状況と宰相のことです、今日中に済ませたいと思っているでしょう」


「そうだな――って言いたいところだけど、レアさんはちょっと下がっていてくれ」


「それってどういう――」


 呆然としたレアさんの顔から血の気が失せる。加減を知らない殺気、これは素人にはキツイ。敵意丸出しの奴から彼女を背後へと隠す。


「どうやらその前に倒さなきゃいけねぇやつがいるみてぇだ」


「その通りだ。だがお前がボクを倒せる確率は万に一つもない」


 ゆっくりと振り返り、俺は奴と対峙する。この冷たい霊象気は忘れやしない。


 青褐色の軍服、そしてあの銀色のトライデント。間違いないアイツだ――。


 切っ先を向けて、人を食い殺す狼を思わせる目を向けてくる。


「殿下! なぜ貴女様がそこの下賤げせんな者と一緒にいるのです!?」


 俺をカヤの外に置いて肩越しに言葉が交わされる。


「以前からわたくしは宰相の動向について疑問を抱いていました。なぜ彼がそこまで領土拡大を推し進めるのか、それを調べるために彼らに協力を――」


 言い終える前に奴が斬りかかったので、とっさに手甲で受け止めた。


 正直悪いと思ったがレアさんを後ろへ突き飛ばしたよ。多分俺も極刑だな。


「お前! 先輩をたぶらかすだけで飽き足らないばかりか、度重なる閣下への無礼! その上殿下をたばかったか!?」


「はぁ!? 何でそういう話にな――」


「許さん! お前はここで殺す!」


 聞いちゃいねぇ、あることないこと言いやがって、槍を受け流して距離を取る。


 でもまぁ、どうせこいつを倒さなきゃアセナを助けられねぇとは思っていた。


 そっちから来てくれて逆に好都合。


「どうやって生き延びたか知らないが、今度こそボクの手で始末してやる」


「あいにく俺は悪あがきが得意でね! 未練を残したまま死ぬことは出来ねぇんだ」


 霊象気を練り上げ、縮地功で間合いを詰めに行く。


「悪りぃが、てめぇを倒すぜ!」


「それは無理だ。今度こそお前はここで死ぬ!」


 拳と槍を交わす。距離を取られたら負けだ。くっつけ!


 槍がほほをかすめる。拳は紙一重のところでかわされる。


 そのたびに青白い花びらが舞い、立木には穴が開き、音を立てて倒れていく。


 次第に東屋のその原型を留めなくなっていく。




 ――もう幾何合と交えたか分からない。


 だけど奴の動きについていてける!


 初めて相対した時は見切ることもできなかった奴の動きに!


 これも特訓の成果か!?


 渾身の掌底【耀斑】が槍の柄に防がれたその時、何を思ったか奴が話しかけてきた。


「おい! お前、名前は?」


「なんだ急に? 《アンシェル=アンヴィーヴ》だ。それがどうした?」


「いや、単なる気まぐれだ。ボクは今まで殺した人間の名前なんて誰一人覚えていない」


 なんの自慢だ? 前にこいつは暗殺部隊の所属だとか言っていたのを俺は思い出した。

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