第29話 そう思っているのは『お前だけ』だ!

 ターゲットのことを調べても、ことが終わればそれも不要になるって言ってんのか?


「――一人ぐらい覚えてやるのも悪くないと思っただけさ!」


 槍で押し返される。距離を取られた。


 ――や、やべぇ、この間合いは!


 一閃! 上着のすそが引き裂かれる。脇腹をえぐられたかと思った。


 あぶねぇ、何とかギリギリでかわせた。


 話でこっちの緊張感をゆさぶった? いや俺が甘かっただけだ。


 ふぅ、と息を吐いて心を引き締め直し、構え直した。


「よくかわしたな? まさか一度二度見ただけでボクを攻略したつもりか? もしや忘れているんじゃないのか? 【蒼血人】には【狂咲】があることを」


 忘れてなんかいねぇよ。ここからが本番だってことぐらいこっちだった分かっている。

 奴の霊象気がふくれあがって、庭園内に周りから冷気が立ち込める。


 次第に氷が身体を覆い始め、互いにつなぎ合い、全身鎧へと変貌していった。


 呼吸を整え、俺は霊象気を限界まで練り上げる――【日輪絶火】。


「またそれか、それでかなわなかったのを忘れたか?」


 それも忘れちゃいねぇよ。ボケ。


「確かに以前に比べて大分強くなった。しかしその程度で倒せると本気で思っているのか?」


「倒せるつもり? ちげぇ、倒さなきゃなんねぇから倒すんだ!」


 そうしなきゃアセナを助けられないのならやるだけだ。


 どんなに相手が巨大で強かろうと知ったこっちゃねぇ!


「ふざけるな! お前が先輩に妙なことを吹き込まなきゃ、あんなに苦しまずに贖罪を全うで来たんだ!」


 高速の連続突き、青い花びら舞う空間に次々と穴が開いた。


 初戦の時より格段に速度が上がっている。


 それでも一発二発はもらう覚悟でよけ続け懐へ――潜り込んで。拳を叩きこむ!


「――ダメです! エルさん! その距離は!」


 今まで静観していたレアさんの叫びが耳に突き刺さった。


 まただ! あの時と同じだ――拳が鎧に触れる直前、不可視の反発力の前に受け流される。


「最初に行ったよな? お前がボクを倒せる確率は万に一つもないって」


 氷の槍が俺の脇腹を貫く、すかさず後ろ蹴りが腹部へ突き刺さった。


 激しく吹っ飛ばされる俺の身体。


 地面を削りながら転がり、派手にバウンドした末、東屋に叩きつけられた。


「……げ……は……っ!」


 肺から空気が抜ける。意識が飛びかけた。


 なんなんだありゃ――まるで磁石の同極を合わせた時みたいな。


 エルさん!? と血相を変え駆け寄るレアさんへ俺は「大丈夫!」と虚勢を張った。

 くそ……目がかすむ。血を流し過ぎたか? しっかり見ろ!


「解せないって顔しているね。確実に入ったはずだったと――」


 悠然と近づいてくる。くそなめやがって。


 何とか立ち上がる俺の足、震えやがる――構えろ、ちゃんと立て!


 そう奮い立たせている間に、不意を突いてレアさんが立て続けに発砲。


 しかしその弾道は俺の拳と同じように鎧の脇を逸れていった。


「やっぱり、マイスナー効果ですね」


 徐にレアさんが語る。


「絶対零度近くまで冷却することで、霊象気の抵抗をゼロにし、霊象石などの物体を外に押し出してしまう現象」


「ご名答」淡々と奴は言った。「さすが殿下、科学の才に長けていらっしゃる」


 難しい話をすんじゃねぇよ。こっちは血が足りてねぇんだ。


 とにかく奴の霊象気は〈冷気〉っつう自然の力を模していること、んで、こっちの攻撃は全てはじき返されるってわけか――クソ、反則じゃねぇか。


「分かっただろ。お前はこのボクにはかなわない。ここで死ぬ。先輩を苦しめるお前は――僕がここで消す! お前だけは許さない!」


 また無理やりレアさんを後ろに追いやり、奴の槍を受け止めた――重い!


 そういや、さっきもそんなことを言っていた。


 何を言いたいんだか、さっぱり分からねぇ。


 あの空中刑務所でアセナはいったいどんな思いでいたんだ?


「あの気高く、強く、そして凛々しいまでに職務へ殉じていた先輩が、お前たちが来ていると言った途端、命を乞い始めた!」


 槍が雨のように降り注いでくる――くそ、避けきれねぇ……。


 だめだ! まだ倒れる訳にはいかねぇ! せめてあともう少し。


「――自分じゃない、お前たちのだ!」


 やっぱりアセナは優しい普通の女の子だ。俺たちのことを思って、ならなおさら――。


「死を覚悟した人間を悩ませ、苦しめる! お前たちの存在は先輩にとって邪魔なんだ!」


 奴の膝が腹にめり込む。内臓の位置が変わる衝撃に、胃液が逆流する。


 本当にここで飯を食べないで正解だった。


「逃げた先がお前のところじゃなかったら、苦しまずにすんだんだ」


「……アセナが本当にそう言ったのかよ?」


「なんだと?」


 奴のその言葉は辛うじて俺を踏み留まらせた。


 さっきからこいつが言っていることは全部自分で決めつけている話じゃねえか。

 アセナがどう思っているかなんて一言も言っちゃいねぇ。


「そんなの――」


「口にしなくても分かるってか? おめでたい奴だ。そんなんで相手のことわかった気になっているなんて――お前、イタイよ」


 奴の顔に動揺が浮かぶ、図星か?


 俺も人のことを言えないけど、こいつはアセナのこと全く理解出来ちゃいねぇんだ。


 それを自分の短いものさしで図っているだけだ。


 ――だから俺は確かめたい。アセナが本当はどうしたいのかってことを!


「アセナはな、初めて出会った【紅血人】が俺で良かったって言ってくれたんだ!」

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