第23話 ここで『飛』ばなきゃ、何にもならないんだ!

 水をぶっかけられ、息を吹き返された頃には空があかね色に染まっていた。


「――よう、ようやくお目覚めか?」


「まったくナキにぃってば、やりすぎ」


「ははは、まぁいいじゃねぇか、アンシェルの〈龍紋〉もこうして完成したんだからよ」


 ニシシ、と意地悪な笑みを浮かべ悪びれる様子はねぇ。


 手を取り起き上がる俺。いったい自分の身に何が起きたのやら。


「〈龍紋〉を完成させるには、『本能』と『願望』を呼び覚ませる必要があったんた」


 本能は『闘争』と『逃走』などで、願望は『食べること』や『パートナーを見つけること』などを意味してたんどか。


 それは即ち生きる意思。それが〈龍紋〉を覚醒させる絶対条件だと言った。


 回りくどい。それと露骨、身もフタもない。今にも顔をおおいたい。


「ごめんね。ウチじゃ悪役になり切れないから……」


 それはそう。人の命を救うことが仕事の医師には向かない役回り。


「〈龍紋〉の能力はオレ様たちの赤い血に宿っている祖先の記憶を呼び覚ます」


 どんな能力が宿っているか、感覚と直観で分かると言った。そう俺の〈龍紋〉は――。


「受け取れ」とナキアさんから銀色に光るものが飛んで来る。え? これって?


「昇格おめでとう。エルやん!」


「アンシェル、今日からキサマは【蕾】だ」


 手の中に開花を待つヒマワリのバッチが輝いていた。




 それから約1ヶ月


「ひ~ん……痛い……」


 お尻をさすってシャルがよたよたする。


 スプリングの効いていない座席にケツを砕かれそうになったみたいだ。分かる。俺もそう。


「やばい、二つに割れたかも……」と涙目なシャル。


「四つに割れなきゃ大丈夫だ」


「つれのうございますぅ~」


「もうすぐ首都の上空です。皆さんそろそろ準備を」


 飛行艇のパイロット、王国軍の女性軍人セシル=ステイトリーさんにパラシュートの装着を促された。


 彼女はファッション雑誌の表紙も飾る容姿端麗な人物。


 流行にうとい俺でも知っていたぐらいだ。シャルなんかさっきどさくさに紛れてサインもらっていた。


 なんでナキアさんがそんな人と知り合いなのか。ほんと訳が分からなねぇ。


 そうなんよ。今から俺らは帝国に潜入するために空挺降下をやらなきゃいけない。


 なんでこうなったかと言えば、列車だと間に合わねぇからって、ナキアさんがこのジーファニア最速の飛行艇【セルブロス】を用意したんだ。


 どうしてできたかは、まぁはぐらかされた。


 大気中の霊象気の濃度の高いところを進むことで、飛躍的な速度上昇を可能にしたとか。

 ジェットなんとかいったかな? 


 詳しいことは俺も知らないというか、むしろ一般人が知っちゃいけない最新技術らしくて、突っ込んで聞けなかったってのもあるんだけど。


「ぶっつけ本番だけど、オレ様についてくれば大丈夫だからよ」


 つーかなんでそんなに慣れているんだよ。


「空の旅なんて初めてだよ! 早くいこ!」


 シャルもなんでそんなに楽しそうなんだよ。下をのぞくともはや点しか見えない地上の灯りが見えるだけだった。


「うわぁ、高けぇ……」


「そぉ?」


「そぉ? じゃねぇわ! どう見ても高いやろがい!」


 悪乗りが過ぎるシャルのおどけっぷりにキレそうになった。


「でもさ、なんでナキにぃとセシルさんが知り合いなん? 言ってよ~、ウチ、ファンなのに~」


「まぁいろいろあんだよ」


 その内話す、と心底うざったそうに唇を歪める。


「で――いえ、ナキアとは古い友人でして、協会本部からの要請もあったことですので、私が参った次第です」


 なんか途中ナキアさんにすげぇにらまれてシドロモドロになっていたけど、どうやらそういうことみたいだ。


 でもまぁ事情がどうあれ協力してくれるのはすげぇありがたい。


「そろそろおしゃべりの時間は終わりだ。準備はいいか?」


「OKだよ! れっつごーっ!」


「じゃあセシルはオレ様たちを下ろしたら、急速離脱してくれ」


 了解と、凛々しい声が船内に響く。んで俺は降下前にこれだけは聞いておかなきゃならなと「はい! ナキアさん」と挙手した。


「んだよ、トイレか? 先に済ませておけよ」


「ち、ちげーよ! 行く前に現地に協力者がいるって言っていたけど、その人っていったい誰なんだ?」


「それは行ってからのお楽しみだ! ほらさっさと行け!」


 ドンと蹴り飛ばされた。夜空に放り出される。文句を言うヒマもなかった。馬鹿じゃねぇのって思ったよ。危険なのでよい子は真似しないでください。


「うああああああああああああっ!!!」


 ゴォーーッってうなって風がめっちゃ強い。不思議と落ちている感覚も、思いのほか胃が落ちる感覚もなかった。むしろ支えられている感覚。


 それとなんつーか新鮮な空気の匂いがした。山頂に上ったときみたいなあんな感じの。


 すっとナキアさんが追いついてくる。よほどぶっ飛ばしてやろうと思ったけど、つかもうとしたら空を切ったんであきらめた。


 くそっ! 覚えていろよ!


 黄色い悲鳴を上げ、シャルも追いついてくる。もうこいつは別世界の人間だな。

 伸ばしてきたシャルの手をつかんで俺らは輪になる。


 予定では降下後一分したらパラシュートを開くんだったよな。


 合図は腕を近づけたら――は!? もう開くん!?


 タイミングを合わせてハンドルを引くや、スゥーっと風が穏やかになって、すべてが減速した。


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