第21話 レッスン開始! 立ち上がる『勇気』 

 志半ばに死んだら、『契約』したことを俺は後悔するかもしれない。


 アセナと出会った運命をうらむかもしれない。もちろんんそんな気はない、でも全くゼロとは言い切れない。


 ない。ないわ――そんなこと絶対したくない。


 だからと言って好きな子と交わした約束を守れない男なんて格好悪い。このまま何もせず見殺しにしたら、それもそれで絶対後悔する。それもない!


「安心しろ。帝国での罪人の刑執行には猶予期間が1ヶ月ある。これからキサマを鍛え直しても充分間に合う――」


「ああ! それでアセナを助けられるのなら!」


 迷わず即答した。既に気持ちは決まっている。


「当然」ナキアさんは得意げに笑う。「無論アンシェルに命を懸ける覚悟があればな?」


 俺はうなずく。それこそ愚問だった。アセナを助けるためならなんだってする。


 そのため裸で市内一周しろっつうならためらわずやる。冗談ならぶっ飛ばすが。


「そうか」満足げに笑うと「なら体力を回復させるのも特訓の内だ。さっさと寝ろ。もちろん死ぬ気でな」


 それじゃ永眠じゃねぇか。まぁそう思ったけど静かに俺は目を閉じた。


 傷の回復に10日を要し、翌日から本格的に特訓が始まった。場所は旧市街の広場。


「どうだ傷の方は?」


「完治!」


「まぁ……傷の方はね」


 訓練にはシャルも付き添ってくれるみたいだった。


 治ったといってもまだ病み上がりだし怪我もする。医者が側にいるのは心強い。


「オレ様もようやく本調子だぜ」


 背伸びをするナキアさんの身体は暑い日が続いてくれたお陰でもう男性のものだ。


「さっさとやろうぜ。お互い仕事の合間で時間がねえんだろ?」


 そう俺が前屈、屈伸、アキレス腱伸ばしと準備体操をしていると。


「だね……じゃ、ナキにぃ、これ」


 徐に肩に下げた救護バックの中からシャルはワインボトルを取り出し渡すが、少し様子が変だった。いつになく緊張というか沈んでいる。


「まずはこいつを飲め」


 すっと杯と一緒に投げられる。いきなりで危うく落としそうになった。


「なんだよ? これ……」


「酒じゃねぇから安心しろ。飲むのは一杯だけでいい」


 なんでもやるって決めたもんな。酒じゃないならいいや、杯に液体を注ぐ。


「もう一度聞いておく。死ぬ気で強くなる覚悟があるんだな?」


「おう! 自分に交わした約束に二言はねぇ!」


「その言葉信じるぜ」ナキアさんは頭をかく。「それを飲めば真の意味で問われる。負けるなよアンシェル」


 腹をくくり一気に俺はあおった……苦い? これ茶?


 口の中をさわやかな苦味が広がる。その瞬間、猛烈な熱さが俺を襲った。


 まるで血管に融解した鉄を流し込まれたみたいで、声を出すことさえできない。


「そいつには【霊象獣】の体液が含まれている」


 ……っ! なんだってっ!? 要はカサンドラさんを苦しめているもの同じケガレを取り込んだってことかっ!? なんてことしやがる!?


「解せねえって顔だな」まるで他人事のように言う。「つまりお前はそのままだとケガレに全身を蝕まれて死ぬ」


 這いつくばって俺はシャルに助けを求めるも、沈痛な顔で目を伏せられる。


「今から霊象術で死ぬ気で押さえ込め!」


 霊象術で? どうやって!?


「一つ一つ思い出して、どうやって【霊象獣】が生まれるのか、それをどうやってウチらが倒しているのか」


 期待する目でシャルが言った。


「キサマが必ず嬢ちゃんを助けたいっていうのなら、その『本能』と『願望』が本物だって証明してみせろ」


 何がなんだか訳が分からねぇ。熱い――。気持ち悪い。痛てぇ。


 こんな思いをカサンドラさんは何時もしていたのかよ……。


 空が青い……アセナを助けられず、こんなプロローグで終わるのかよ。


 本当に悪いことをした。申し訳ねぇ……。


 あの時ちゃんと【霊象石】を抜き取っていれば……。


 ん? 【霊象石】? そういえば【霊象石】ってどうやってできるんだっけ?



 たしか基本心臓に出来るから、それが蓄積して……?




 ――はっ!?


 そうか!! 身体のどっかに閉じ込めれば――でもどこに?


 心臓に……いや、それじゃあ【霊象獣】と同じ感じがして嫌な予感がする。


 左手にしよう! 最悪利き腕が残っていれば戦える!


 横へと転がりながら半身を起こし、左腕を地面に押さえつけた。


 そして俺の中の全霊象気を左腕に注ぎ込むイメージをする。死ぬ気で!


「うおおおおおおおっ!」


 恥を忍んで俺は吠えた。左手から山吹色の気に混じって青白い稲妻が走る。


 その度に激痛が襲って、意識が飛び掛ける。


「もうウチ見てられないよ! ナキにぃ! 解毒剤を投与するよ!」


「待て!」


 あぁ! 頼む! 待ってくれ! あともう少しなんだ。


 青い火花が俺の腕へ二重らせん龍紋様を刻んでいく。その様子はもう刻印溶接されているようにしか見えない。


 仕上げに竜の首と尾が繋がる――と自然と熱さも痛さも消えていった。


 息が上がる。鼓動が早ぇ、ゆっくりと呼吸を整える。


 未だ痛みの残留感はあったけど、自分をごまかして立ち上がった。


「ヨシ!」


「ヨシじゃねぇよ!」


 怒りを込めた拳をナキアさんの顔面へと打ち込んだ。まぁあっさりと受け止められたけど。

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