第20話 どしゃぶりのスコール。君は『別れ』を告げる。だけど俺は……
これで終わりだ――その瞬間。何……だ? 【大火烈閃】が消えた?
奴が何かしたのか? いや、こいつは構えているだけ。
クローディアスがいない!? どこ行った――っ!?
気配に気づいて振り返ると奴は背後に――そして俺の奥の手はまるで紙くずを丸めるかのように握りつぶされた。
驚いている暇もない、すぐに俺は身構えなきゃならない。
何しろ格好だけかと思っていた腰の剣に手を添え――た。
「――遅いな」
瞬きで目を離したスキには隣へ――胸から血霧が吹き上がる。
悲鳴すら出ない。斬られたと分かったのは目の前が真っ赤に染まった頃だった。
全身の力が抜けて、身体が前のめりに倒れる。
辛うじて聞こえる、アセナの泣き叫ぶ声。それと奴らの話し声。
「閣下のお手を煩わせてしまい申し訳ありません。しかし僭越ながら御自ら手を下さなくともボク一人の力で充分始末出来ました」
「そう言うな。エモノが前に出てきたというのに狩らぬわけにはいかぬよ」
最後までピクニック気分かよ、くそったれ……。
「ではボクがとどめを――」
「お待ちください! もう抵抗は致しません! 慎んで罪も償います! ですから責めて……最後に彼と別れを――」
何言ってんだよ。何の冗談だ――声が出ねぇ。
「よかろう。この者は放っておいてもどうせ死ぬ。私も鬼ではない。一刻、別辞を交わす暇を与えよう」
ぼんやりする視界の中、俺の枕辺にアセナが膝を折る。
「ごめんね。エルくん……すぐに私もそっちに逝くから先に待ってて、向こうに行ったら今度こそ最後まで――」
そっちってどっちだよ。人間死んだら土に返ってヒマワリになるたけだろ?
くそ、最後の言葉が聞き取れねぇ、頼む。もう一回言ってくれ。
必死に何かを伝えているのに、何もできない。無力な自分自身を呪う。
くそっ、連れていかれる。
やべぇ……力が入らねぇ……痛ぇ……寒い……血が……止まらねぇ……水まりに混ざって……もう……血かどうかすらも……。
……とうとう痛みすら感じなくなっちまった。いよいよくたばるのか……。
暗闇の中に沈み続ける俺――あれから何時間経った? 結局どうなったんだ?
フツーこういうのって走馬灯っつーかそういうのがあるんじゃねぇの? つーか熱くね?
ゆっくりと俺は目を開ける。なんだ、ただ俺の顔がホカホカの黒糖まんじゅうに挟まれているから熱く……?
「$Å※¥%#&*@§☆★!?」
無意識に声にならない悲鳴が出た。いや、だって起きたら隣に半裸の女性が寝ていたらそんな声も出るだろ!? んで、誰なのかよく見ると……わぷっ!
寝相かなんだか知らねぇが、その人は身を起こした俺をベッドに引きずり込んだ。
「な、なにすんすか!」
そうその女性は、女性化しているナキアさんだったわけだ。
最近寒い日が続いていたし本人も「そろそろ成るかもな」って言っていたけど。
「……ん? なんだ起きたのか?」
寝ぼけているのか、乱れ髪をそのまんまに、うつろな目で俺を見る。
「もうちょい寝てよぉぜ? 死にかけたお前を一晩中温めて、こっちは疲れてんだ……」
――まるでそれは『雪山で遭難して美女と抱き合って温め合う』典型的なロマンチックイベント後のセリフ。しかも男の方。
確かにナキアさんの〈火山〉の霊象術にはそういう蘇生術があった覚えもあるけど。
「助かったのか……いっ!? 痛っ!?」
動いたら胸に痛みが走った、よく見ると包帯が巻かれている。
見渡すとそこが協会の休憩室だと分かった。しかも隣のベッドにはシャルが寝ている。
「傷はまだふさがっちゃいねぇ、あんまり動くと本当に死ぬぞ~」
忠告通り惰性に任せてベッドへ横になった。
幸い寝返りを打ってくれて助かった。これで目のやり場に困らない。
「……いや、助けられたのか」
ふと思い返す昨日の出来事。多分あの時、アセナが懇願してくれなかったら、トドメを刺されて俺は――。
「心配すんな。アセナの嬢ちゃんを助ける手段は考えてある」
――っ! なんだって!? どうやって!? いやそれよりなんで!?
「……ノーマンだよ。ったく急に暗号文を送ってきやがって、それで助けるのが遅れちまった」
ふあ、とあくびをしてから、「だから、もう寝ようぜ」と言う危機感ない態度に俺はいらだちを覚えた。
「寝てられるか! いつアセナは殺されるかわかんねぇんだ! 今すぐ助けに行かねぇと!!」
「うっせぇな!」
急に逆ギレして、馬乗りになったナキアさんに頭を抑えつけられる。
際どい態勢だけど今は情動より恐怖の方が勝った。目がマジだったからだ。
「そのままじゃ死ぬっつってんだ! 【蒼血人】には【狂咲】っつう霊象気の反応速度を上げる固有能力がある。士官クラスは間違いなく身につけている」
それってアイツが見せた氷の鎧だよな。確かに桁外れの霊象気だった。
歯が立たなかったどころか子供扱い。思い出しただけで、冷や汗が噴き出た。
「ハッ! ふぬけたそのツラ、どうやら覚えがある見てぇだな?」
キサマ程度の実力でよく生きていたな、と目を背けた俺をナキアさんは鼻で笑う。
「なら分かるだろ? 今のキサマの力じゃ、嬢ちゃんを助けるどころか、ただ死に行くだけだってな」
「たとえそうだったとしても俺は!」
「『契約』したからか? 『約束』したからか? キサマが死にに行く理由をそんなもの、嬢ちゃんのせいにするつもりか!?」
厳しい言葉に俺は言い返せなかった。
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