第16話 巨竜の腹の中で二人は『急接近』!?

 そういうこと、とアセナが苦々しく首肯した。


「さて、これからどうするか――」


「うん……」


 おそらくワームが動いていないって言うことは地下に潜っているんだ。助けに来てくれると思うけどあんまりうかうかしていると溶かされちまう。


 それに――。


「それにしてもすごい濃度の【霊象気】……早く脱出しなきゃ」


「だな。あまり浴びすぎるとその毒でおっちんじまう」


 高濃度の【霊象気】中で人間は長時間活動できない。カサンドラさんを苦しめている同じ毒が全身を回って死に至る。ガチでモタモタしてられない。


 かといってこれといった脱出手段もなし。ちっ……詰んだか。


「……やっぱりあれを試すしかないよね」


 神妙な面持ちでつぶやくアセナの視線の先には例の装置。名前はなんて言ったっけ? ヴァジュラ……。


「ねぇエルくん? 少し手伝ってほしいことがあるんだけどいいかな?」


 俺の手を引いてアセナは装置の前まで連れてくる。操作基盤かな? ボタンやレバーがいくつもある複雑な装置で見るだけで頭が痛くなる。


「……アセナ? これは何なんだ?」


「これは【天雷の矢】――今、帝国が研究開発している【戦略霊象兵器】」


 一回じゃ分からなかったので詳しく説明してもらった。簡単に言えば【天雷の矢】は周囲の【霊象気】を吸収し、それを砲弾として打ち出す兵器だという。


 どうしてそんなことを知アセナがっているのか、って思ったよ。


 同時に嫌な予感もした。


「この兵器でランドワームの核を撃ち抜けば体は弾け飛び、私たちは助かる。ただこれは一つの賭け――」


 アセナがレバーを引くと原動機かがけたたましい音を立て【天雷の矢】が息を吹き返す。


「賭け?」俺は首をひねる「どういう意味?」


「うん、さっきも言ったけど【天雷の矢】は周囲の【霊象気】を吸収する。だからこんな高濃度に充満する場所で使ったら何が起こるか分からないんだ」


 最悪の場合、ワームの肉壁が迫って圧殺される可能性もあるという話だった。


「でもそれしか助かる方法はないんだろ? ならやるだけだ。具体的に何をすればいい?」


 考えているヒマも、悩んでいる状況でもない。万に一つの可能性がある限り、悪あがきするだけだ。

 俺がそう言うと、アセナは目を丸くして。


「悩まないんだね。それに聞かないんだ。どうして私がそんなこと知っているかとか」


 気になるっちゃぁ気になる。


 とはいってもそれはアセナが王国まで逃げてきた理由の方だ。


 そう、【天雷の矢】が国境沿いにあったことがどいうことか――よりもだ。


「聞いていいのかよ?」


 アセナは黙っていた。


 話したくなければ話さなくてもいいと正直思っている。でも最近は聞いてやらないのもまた酷なのかなって思っている。


 ずっと抱えているのもやっぱツラいから。


「なら、もう一度『契約』するか?」


「え……?」


「誰にも言うなっつーなら、それを俺は守る。言い方悪いけど、隠しごとの共犯になるぜ」


 くっさ! きっつ! 死ねばいいのに。


 自分の口とはいえよくそんなセリフが出てきた。


 なんかの病気じゃないのか、無事脱出出来たらシャルに見てもらお。


「……あはは、なにそれ?」


 もちろんアセナから失笑を買われたわけで、これが映画なら今にでも撮り直してぇ!


「じゃあ……報酬はデート一回でどう?」


 ほほ笑むアセナと目が合う。考えるまでもなく俺は即決。


「なら、何としてもここからでなくっちゃなぁ!」


 作戦はこうだ。アセナが【霊象石】の正確な場所の感知に集中している間、俺が【天雷の矢】の照準を合わせて引き金を引く。操作方法はさっき習った。


 ただしチャンスは一度だけ、原型を留めていると言っても、飲み込まれたときの衝撃で不具合が出ているそう。


 最悪の場合、臨界に達した時に大爆発を起こすかもしれないと。


「それにしても不思議だよね」


 ゆらめく青い目でアセナがふっと笑った。


「どうしたん? 藪から棒に?」


「うん……軍と協会もだけど、【紅血人】のエルくんと【蒼血人】の私がこうして手を取りあって何かをなそうとしているなんて、って思って」


 つい最近まで戦争をしていたことを考えれば信じがたい話だとは思う。でも……。


「別におかしくなんかないだろ?」


 そんなに不思議かよ? 一瞬アセナが目を丸くしてこっちを見た。でもすぐに我に返って【霊象石】の探知に戻る。


「みんな誰かを助けたい、守りたい気持ちは同じだ。だからお互いに共通の危機に直面したら、そんなシガラミより協力することを選ぶって」


「……そっか、そうだよね」


 そうアセナは嬉しそうに笑うと、雑談はそれで終わりだった。なにしろ――。


「お待たせ! 見つけた! 上下角プラス10、水平角マイナス90!」


「よっしゃぁ!」


 操縦桿そうじゅうかんを握りしめ、指示通りの方角へ照準を合わせ、俺は出力レバーを押し上げる。


 動力炉が点火、計器が振れエネルギーが急速に充填されていく。20、40、60……。


 まだかまだか、と文字通り手に汗握る俺の手にアセナが手をすっと添えてきた。


「……最後は一緒に」


「ああっ!」


 ついに臨界に到達、コンマ2桁まで照準があった瞬間、俺たちは引き金を引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る