第2話 こんな『失敗』していませんか?
時は聖王歴1899年、世紀末を迎えようとしている今日。
2年前、晴れて憧れの【守護契約士】になった俺は、社会人としてそれなりの充実した日々を送っている。
【守護契約士】の仕事は政府や市民からの依頼を受け、災害対策や人命救助、地域社会の治安や秩序を守ることだ。
専ら内容といえば迷い猫の捜索から、要人警護やら軍事教育までと幅広い。
そして中でも大事な仕事は【
「くそ! 待ちやがれっ!」
ある木曜日の夕暮れ時、ヒマワリ畑を枯らしながら疾走する1匹の怪物を俺は追っていた。
現在農家から連絡があって駆除に取り掛かっている最中。
「小型の【
大きさは元の生物によってまちまちで、今追っているのはだいたい大人のクマぐらい。
何とか追いつけた俺は、回り込んで真っ向から迎え撃つ。
「かわいそうに……すぐに楽にしてやるからな」
ただれた肌、膨れ上がった肉芽、むせかえりそうな腐臭。
辛うじてクマの原型をとどめているけど、その姿はもう生きるシカバネ。
「この化け物め! ワシの畑をこんなにも荒らしやがって!」
「待ってください! 銃なんて効果ありません」
背後から猟銃をもって現れた主人を慌てて止める。
もう、母屋で待っているように言ったのに。
銃器の類いはほとんど通用しない。ふくれあがった肉が傷を瞬時におおってしまうからだ。
まぁ機関銃とか大砲とかを持ってくれば別だけど。
「大事な畑が荒らされて、怒る気持ちも分かりますが、ここは任せて」
主人をなだめている間にも、クマは距離を取って突進に備えていた。
脳なんてほとんど溶けているのに、きっと本能だと思う。
「待っていろ、もうちょっとの辛抱だ」
もう自分が何者かもわからないはずだ。
そんなかわいそうなクマに最後まで声をかけ続ける。
さっき言った通り銃は無意味――そう、お気づきのとおり対抗する手段はある。
「ふぅ……!」
呼吸を整え、手甲を眼前に構える。山吹色の閃光が拳に宿る。
風を切り突進してくるクマ。なんて迫力だ、でも――遅いっ!
前屈めにかわし、素早い踏み込みで一気に潜り込む。
狙うは心臓! 沈みこんだ反動を利用して、拳を下から上に身体ごと叩きつける。
師匠から最初に教わった技――【
これが最も有効な対抗手段――大自然に宿る力の流れ、【霊象気】を操る術、通称【霊象術】だ。
『GYURRRR――ッ!!』
かなしい断末魔、弾け飛ぶドロドロに溶けた肉。
「……ほんとこれには慣れないな」
気持ち悪いくらい柔らかくなった骨を突き破り、俺はあるものを抜き取る。
「こいつはみんなの役に立つからな、安心しろ」
手のひら大の青白く輝く結晶――【霊象石】これがすべての元凶。
でも同時に、夜を照らす【霊気灯】や、主要な交通の便である【霊気バス】などの動力源にもなる。もはや人間にとって生活に欠かせないものになっている。
発端は50年前に起きた【霊導革命】。人類に技術革新の風が吹いたってわけ。
地面へ溶けていくクマのもとへ、手提げ袋から取り出したヒマワリの種をまく。
「よく頑張ったな。もう母なる大地に帰って、安らかに眠れよ」
手を合わせる。これは古くから受け継がれている風習で、こうすることで花が咲くころには腐った大地も浄化されて、代わりにキレイな花を咲かせる。
【守護契約士】のバッチが、ヒマワリをモチーフにしているのもそれが理由。
母屋まで主人を送り届けると、玄関先で俺は奥さんと雑談した。
「ありがとう。助かったわ、にしても最近増えたわよね。どうなっているのかしら?」
「ホントですね。まぁウチもそれで食えているというのもあるんですけど」
奥さんの話通り、ここ1年ぐらいで【霊象獣】の被害が多発している。
きっと【霊象】の乱れが影響しているんだと思う――。
暑くなったり、寒くなったり、雨が増えたり、
「そうだ! これを持っていきなさい」
なにか思い出したように渡されたのは黄色いジャムが入ったビン。
「うち養蜂もやっているじゃない? これヒマワリから採れたハチミツなんだけどね。良かったらもっていって」
「えぇっ! 悪いですよ。そんな、ただでさえ畑が荒れて」
「いいのいいの、腐ったところの種はもう油にはできないけど、燃料ぐらいにはなるから、ね、あんた?」
そう振り返って奥さんに尋ねられた主人はうなずく。
「冬になったら取りに来ると良い。『熱した種からは量は取れても、良い油は取れない』というし、落ち着いたらまた考えるさ」
それはこの地域のことわざで、ニュアンス通り、煮詰まった頭でいろいろ考えることはできても、良い解決策は出てこないという意味――それはそう。
「ところで……どうだ? カサンドラさんの具合は?」
「は、はい、ええ、まぁ、元気ですよ」
奥さんから「ちょっと、あんた」と小突かれる。
そんな主人の様子に、ついあいまいな返事をしてしまった。
えっと、カサンドラさんは現在所属する支部の長をやっている人なんだけど――。
「気を落とすなアンシェル。あれはお前のせいじゃない」
そう言って肩を叩いてくる主人の顔は気まずそう――ほんと悪いことしたなぁ。
「……はい。すいません。それじゃあこれで」
その空気にいたたまれなくり俺は、手形を受け取るや逃げるように農家を後にした。
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