あのヒマワリの境界で、君と交わした「契約(ゆびきり)」はまだ有効ですか?

朝我桜(あさがおー)

序章 逃げ出した翌日、とある孤独な少女と出会う

第1話 お望みなら『力』になります!

 この話に耳を傾けてくれる――そんな人がいたら、きっとその人はどんな仕事もやりとげる信念を持った人だと思う。


 なぜなら逃げ出した自分なんかを相手にしてくれるんだから。


「助けてくれてありがとう、じゃあ私はこれで――」


「ちょ! どこへ行くつもりだよ。しかもそんな傷だらけで」


 青空と同じ髪色の少女の手をつかんで、俺は地面へと座らせた。


 耳をそばたてると、依然として遠くから探す声がする。


 スーツ姿の男たち――青色の髪からして帝国の人間。


 所属はわかんないけど、スパイってやつか?


「――うまくやり過ごせたかな。で? なんで追われてんの?」


「あなたには関係ない。じゃ――」


「だから待てって」


 立ち去ろうとする彼女を捕まえる。なんで額に汗を浮かぶがまで焦っているんだ?


「困っている人を【守護契約士コントラクター】が放っておくことなんて出来るかよ!」


 さっき仕事を途中でほっぽりだした人間とは思えない自分の口に嫌気がさしてくる。

 そっか。結局後ろめたいんだ――。


「【守護契約士】?」初めて彼女が俺を見た。「あなた《ジーファニア》の?」


 彼女の瞳は今まで会った人間の誰のものよりも青くて、なんか不思議な感じがした。


「ということはたどり着いたんだ……」


「おっと!」ふらっとくずおれる彼女をとっさに支えた。「大丈夫?」


「平気……少し気が抜けただけ」


 という割にはぜんぜん血色は良くない。


 とりあえず安全な場所に避難させた方がいいよね。こりゃ。


 今のところスパイたちの声は聞こえない。多分相当離れたか、隠れているか。どっちかだな。


 潜んでいるとしたら、網を張っているかもしれない。


 さて彼女を送り届けるには――。


「……ありがとう助けてくれて、大分めまいは引いたから」


「ああもう、まだ一人でウロチョロすんのは危険だって」


 目視で確認できたのは二人だけ、もっといる可能性はあるよな。


「とりあえず町まで連れて行くよ」


「え?」瞬きする青髪の彼女。「そんな! 見ず知らずの人に迷惑をかけるわけには……」


「遠慮しなくていい。俺なら土地勘あるし、あいつらの目を盗んで街に入れる」


「でも……ただ――」


 なんで頑なにごしゃごしゃ渋るのかまったく分からない。


 いや待てよ? 前に師匠せんせいが話してくれたっけ?


 女性って男から親切を受けると、お礼しなきゃって思う。


 だけど逆に厚意を示すということは関係を求めているんじゃないか。


 ――って疑うことがあるって、みじんも考えてねぇよ、んなこと。


 邪推にもほどがある。しゃーねぇな。


「なら契約しよう? だったら問題ねぇだろ?」


「契約? それってどういう――」


 首をかしげるぐらい不可解で不審か?


「護衛をする代わりに事情は一切聞かない、守護契約――取引なら罪悪感もないよな?」


 喉の奥を「うーん? うん? うん? うん……」とうならせて彼女は眉を寄せる。


 えぇ……まだ足りないのか?


「う~ん、それなら」と後れ毛がかき上がって、うなじがのぞく。「けど私は【蒼血人サキュロス】で、あなたは【紅血人フェルベ】で……」


「ん? 血の色なんてなんか関係あるのか?」


 何気なくこぼした問いに物言いいたそうにしていたけど、結局彼女は口をつぐんだ。

 ほんとわからないな女の子って。なんかため息が出る。


「白状するとさ……実は最近ひでぇミスをやらかしてさ、だから何とかして成果を上げたいんだ」


 数週間前にある任務中に自分の不注意で尊敬する先輩へ再起不能の傷を負わせてしまったんだ。


 みんな俺のせいじゃないとは言ってくれる。


 けど逆にそういう風に気をつかわせてしまったことが苦しくて。悔しくて。


 だからせめて彼女が安心できるように、成長したって証明したいんだ。


「ていよく利用するようでごめん、でももし嫌じゃなかったら協力してくれると嬉しい」


 契約の証として彼女の前に小指を掲げる。


 かっこ悪いし、情けない話だけど、ちょうどいい機会だ。


 つまんねぇ羞恥心なんてここで捨てちまったほうがいいよな。


「おかしな人……そういうのフツー言わないものだよ?」


 ふふっと彼女に笑われると、急にこそばゆくなって目を背けた。


 確かにそうかもしれないけど、本当のことなんだ。


 隠したってしょうがない。


「それに……あなたみたいなウソつき、はじめて見た」


「ウソ!?」びっくりして声が出る。「別についてないって!」


 ほんとの濡れ衣だ。嘘なんかついていない。


 考えてみてくれ、ウソをつく理由なんてあるか?


「さっきまでは、ね?」


 しばらく彼女の言葉の意味が分からなかった。


 理解できたのはずっと後のこと――。


「ごめん忘れて」彼女は首を横にふると「――じゃあ」と指を結び返して。


「ああ、『契約』成立だ」


 こうして俺こと《アンシェル=アンウィーブ》と、空色の髪をした孤独な少女アセナ=ローレライは指を切った。


 そしてこれが二人の契約の始まり。

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