第10話豚の共食いの始まり

 翔の心は虚無に近かった。ミラレスに見せられた人間の罪を考えると目の前のいじめなどなんとちっぽけなことかと。これは目的ではない。本意ではない。あくまでも実験の実戦。あらかじめ写メで見せられていた下野と野島の顔を確認したミラレスが交互に下野と野島の体へ入り操る。


 ボコッ!


「いっ!いてえ!おい!なにすんだよ!」


 ミラレスが操る下野が野島を殴る。殴られた野島が殴られた頬を抑えながらびっくりした声を出す。交代。


 ボコッ!


「つー。なにしてんだごらあ…。おお?お前もいじめられてえのか?」


 交代。


 ベキッ!


 下野の指が思い切り野島の眼球にめり込む。交代。


 グサッ。


 野島が近くにあった机の上のボールペンを手にし、下野の太腿を刺す。


『俺の特殊能力『操作』ってのはその名の通りちょっと特殊でなあ。人間って生き物は普段から自分の能力の半分も出せない。不便な生き物だ。それを日々の鍛錬によって60%、70%まで引き出せることは可能だ。まあ人間の言葉で『努力』って言うのか。それでも鍛えて70%が限界ってとこだろ。だが俺の『操作』は違う。100%、場合によってはそれ以上の力を引き出す』


 ミラレスの言葉を思い出す翔。下野も野島も近くで見ていていつも以上の力を出しているように見える。いくらいじめる側の野島だろうとこいつは華奢な体つきで力もない。人の太腿にボールペンを刺せるほどの力はないはず。これは『操作』によって引き出された限界を超えた力だ。そしてもうひとつ。ミラレスに人間の罪を見せられる前の翔ならもっと違った気持ちを感じただろうし、もっと違った光景に見えたであろう。それが思ったよりなんとも思わない。感じない。ボールペンが知ってる人間の太腿に突き刺さるのは少し予定外だったけど。血も飛ばない。出血はしてるんだろうけど制服のズボンに染みて吸収されているんだろう。そして続く。『操作』


 ボコ!


 椅子を掴み、それで野島の頭をぶん殴る下野。


 ザクッ!


 目潰しが下野の両眼に突き刺さる。


「ぐぎゃああああああああああ!」


 交代。


 『操作』で操られている時は痛みも感じないのだろう。そしてスピードも限界以上。スタミナも限界以上。そうでなければあの野島の目潰しが下野の両目を捉えることは不可能。そして一番近くにいた二人のターゲットになっていた生徒は怯えながら二人を見上げている。座り込んだ状態で。たぶん腰が抜けた状態なんだと思う。翔は無関係。少し離れたところで黙って冷静に『それ』を見ているだけ。ミラレスにあらかじめ伝えていたこと。


「僕が右手を上げたら『操作』は終了。僕の元へ帰ってきて。それまでは一撃ずつ入れたら『操作』の対象を攻撃した相手に変わること。分かるよね」


『ああ。ようするに二人に殺し合いをさせればいいんだろ』


「そう」


 高校生のふざけたじゃれ合いではない。殺し合いである。教室にはそれに気付いたものが遠巻きに二人と一人を囲む。その見物人の一人となる翔。悲鳴があがる。ラインで事件を友達に知らせるもの。スマホで動画を撮影するもの。それをSNSへ投稿するもの。騒ぎは人をどんどん呼ぶ。二人はミラレスに操られて割れたガラスも素手で持つ。それを相手の心臓近くへ突き刺す。頭を掴んでコンクリートの壁がめり込むほどの力で叩きつける。そしてめり込む。堅そうなコンクリートに亀裂が入る。


「きゃああああああああああああああ!」


「すげっ。これってガチ?死ぬんじゃね」


「(死ね)」


「バズる♪バズる♪」


「グループラインに動画送信」


 そして翔が右手を上げて頭をポリポリする。ミラレスが二人の『操作』を止めて戻ってくる。


『どうだ。お望み通りか?』


 翔は黙って人だかりに背を向ける。どうせ授業は中止だろう、と。


 そしてここから悪魔のついた人間同士が殺し合いを始めることになる。豚の共食いが始まる。


※悪魔の『特殊能力』は人間の限界を超えさせることを可能とする

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