第5話美味しく頂きます。豚の精子と小便

「悪魔さん」


 制服姿で街を歩く小鳥遊(ことりあそび)翔。


『おおお…。なんだ?』


 翔の隣には宙に浮いた状態で一緒に移動するミラレス。


「愚問だと思うけど…、もちろん悪魔さんの姿は皆には…」


『ああ。見えてねえよ』


「会話は?」


『さあな。俺の声は聞こえねえ。聞こえてるのはお前だけだ。周りから見ればお前は独り言をぶつくさ呟いてるおかしな奴に見えるんじゃねえか。それもたった今から禁止な』


 翔が思わず口元を隠す。そして言う。


「(そういうことは早く言ってよ!)」


『☆◇△〇(ものすごい早口を表現している)』


「(その早口じゃないから)」


『分かってるよ。悪魔の小粋なギャグに決まってんじゃねえか』


「(ああ…)」


『ギャグはさておき目立つのはご法度なんだよ。俺と同じで悪魔は他の悪魔の存在は探れねえからな。ついた人間次第なんだよ。だからリスクは出来るだけ少なくだ。それが俺の考え方だからな』


 翔が今日ここを歩いていることにもしっかりとした目的があった。実験である。このミラレスの持つ『特殊能力』である『操作』の実験。試運転である。


「(あく、悪魔さんだったら心の中で会話とか出来ないの?)」


『俺には出来ねえ』


「(俺には?)」


『ああ。確かそれに似た『特殊能力』を持つ悪魔がいたと記憶してる。まあ俺には出来ねえがそんなに不便じゃねえだろ。口元さえ隠せば。周りは意外とお前が思うほどお前に感心なんか持ってねえぞ』


 悪魔の言うことはいちいち確信をついている。


「(それで悪魔さんの『特集能力』の『操作』の使い方はどうすんの?今日はそれを試す予定なんだけど)」


『ほう。早速試すか。いいか。試したら最後。もう後には引けねえぜ。いいな』


(ごくり)


『まあそんな契約はないから安心しろ。お前は後に引くような奴じゃないのも分かっている。まずは『操作』する対象を決めろ』


 翔は前から向かってくる歩きスマホをしている同い年っぽい私服の男を対象に決める。大学生にも見えるし予備校生にも見える。眼鏡をかけ、ぽっちゃりした若者。着ている服がダサい。


「(決めたよ)」


『決めたよ。じゃねえーんだよ。お前だけが分かっても仕方ないだろ。どいつだ』


「(どいつって…。目の前に向かってくるあの男だよ。他に誰がいるの?)」


『言わねえと分かんねえだろ』


「(え?)」


『お前は俺が万能だと思ってるのか?『操作』の対象となる人間をまず俺に伝えること。それをしないと何も始まらんぜ。で』


 そう言った瞬間、ミラレスは吸い込まれるように前から向かってくる男の体と同化する。


「俺だ」


 歩きスマホをしていた男が無表情で翔に向かって言う。


「え?あの…、もしかして…、悪魔さん?」


「そうだぜ。今、俺は対象物と同化している。さあどうして欲しい。これも俺に伝えないとどう動いて欲しいか分からんからな」


「じゃあ、そこのコンビニでレジの店員ぶん殴ってきて」


「そんなんでいいのか?じゃあ行ってくる」


 そしてミラレスが同化した男がくるりと無言で翔に背を向け、十メートルほど先のコンビニへ向かう。それを追いかける翔。コンビニに入る男。コンビニの外から様子を見る翔。そのまま一直線でレジへ向かう男。レジには行列が出来ている。割り込んだように見える男に並んでいた人たちがあからさまに不機嫌そうな顔をするのが見える。ヤンチャそうなお兄さんが男の肩に手をかけようとする。その瞬間、男がレジの店員の胸倉を掴む。そして殴る。殴る。殴る。殴る。


「(お、おお…。おおお…)」


『すげえだろ?俺の『特殊能力』。あとは知らねえぞ』


「(え!?)」


 いつの間にか男と同化したはずのミラレスが翔の背後に。


『俺が抜けだしたから今頃あの男は我に返って慌ててるぜ。何しろ記憶が飛んでるからな。あの男からしたら道を歩いて、なんかの機械か、小型テレビか?それを見ながら歩いてたつもりが喧嘩の最中だ。そりゃあたまげるだろ?』


「(す、すごいよ…。すごいよ!悪魔さん!)」




「教祖様…」


「来たか」


「はい」


「お前はまだ教団に入信して間もない」


「はい」


「確か婚約者に強く反対されていたと」


「はい」


「ん?邪悪で汚れておる。何故もっと早く決断しなかった?はあ」


 豚のように醜くチビでハゲのロン毛で気持ちの悪い生き物。『教祖様』と呼ばれている男。


「すいません!私がもっと早くに教祖様の元へ来ていれば!」


「手遅れに近い。救われぬ汚れだ。はあはあ」


「そんな!これから一生懸命信心に励みます!」


「そうか。はあ。では特別に今日は聖なる水をお前のために用意した。はあはあ」


「教祖様…。汗が。それに息も荒いです…。大丈夫ですか?」


「今お前の邪悪を払っておる。それに、はあはあ。体内エネルギーを使っておるのだ」


 下半身丸出しの醜い豚の息がどんどん荒くなる。そして。


「うっ!ううっ!」


 豚のペニスから白濁液が飛ぶ。聖なる水と称した黄色い液体が入った透明のプラスチックカップに白濁液が混ざる。精子と小便。


「大丈夫でございますか!?」


「はあはあ、大丈夫だ…。それよりもお前のための聖なる水だ。汚れを洗い流すために飲み干すがいい。はあ、はあはあ」


「はい!教祖様。ありがたく頂戴いたします」


「違う!」


「すいません!」


「舌を出しながら、『美味しく頂きます』だ。一気に飲むのではないぞ。一気に飲むとその邪悪が暴れショック死するかもしれぬ。まず飲まずに口内に含むのだ」


「はい。美味しく頂きます」


 そして舌を出しながら豚の精子と小便のミックスをこぼさないよう口に含む女。


「よし。口を開けて見せろ。はあ、はあ、はあ」


「こ、こおへふは」


「そうだ。そしてゆっくりうがいのように『ガラガラ』する。やってみろ」


「はひ。ガラガラガラガラ」


「今だ!一気に飲み干す!」


(ごっくん!)


「う!ううっ!さあ残りも同じように。はあ、はあ」


「はひ。教祖様ぁ、ゲホゲホ」


 右手が白濁液まみれになる豚。この豚には悪魔がついていた。悪魔の『特殊能力』は『幻覚』。


※悪魔の能力(『共通能力』、『特殊能力』)は悪魔に分かりやすく指示しないといけない

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