第二幕一話
あの剣教室の事件から五年の月日が流れた。あれから、俺に日課が出来た。親には剣の練習をしてくると言って、戦地に出掛けていた。目に見える全ての者を斬ったら、かなり魔力も上がった。
そして、今日もいつものように戦地に出掛けている。今日は因縁の湖へと行くつもりだ。あの場所は何の因縁もなかったら、ただの美しい場所になっていただろう。
「先約がいるな。」
湖のほとりに座っている少女が見える。あの見た目からして、人族だろうか。しかし、そんな事はどうでもよくて彼女に斬りかかった。
「いきなり後ろから襲うのは良くないですよ。」
少女は振り返ってこちらを見た。俺は躊躇わず、剣を振り抜いたが手応えがない。しかも、彼女が避けた様子もないのに傷一つついてない。
「死ね。」
次こそはと、少女の真正面の近くから剣を振り抜いた。確実に件の通り道に彼女はいるのに斬れた様子がない。少女は手を真っ直ぐ突き出して、次の瞬間俺は吹き飛んだ。これは、魔法……?
「あなたまでこっちの世界の常識に囚われる必要なんてないんですよ。」
まさか……。
「俺がい……異世界転生してきたって知っているんですか?」
この世界に来てから誰にも理解されなかった異世界転生。それを分かってくれる人がいるのかもしれない。
「ええ、知ってますよ。あなたは昔、こことは違う世界に住んでいて、そこは殺しは当たり前ではないだけでなく、戦争すらやめてましたよね。」
「はい。」
この人への殺意はすっかり失せてしまった。ただ、今は自分のことを一番理解してくれてるかもしれない人と話がしたかった。
「何であなたは誰でも殺すのですか?」
「誰かを殺すのに理由なんて要らないって、教わりました。それが、この世界の常識でこれが戦争なんですよね。」
「前半はあってますが、後半は違います。こんなのは戦争とは言えません。本当の戦地はあと一回り奥です。こんなところはただの無法地帯ですよ。戦地では種族別でエリアが決められていますから、他の種族がエリアに入ったら即、殺されてしまいますよ。」
てことは、俺は戦争でもないのに殺してきたのか……。
「別に殺すことは悪いことではないですよ。みんな、そんな世界で育ったのだから、仕方ないことなのですよ。」
結局そうなのかよ。殺しを正当化するのかよ。
「ただ、私は私に危害を加えない人を殺しはしません。」
「じゃあ、何で俺を殺さなかったんですか?」
「私に危害を加えれる人は限りなく少ないですよ。あと、連れが危なかったら殺しますね。」
この人はまだまともなのかもしれない。少なくとも、なんの理由もなく殺すような人では無い。
「先程は殺そうとしてごめんなさい。」
「いえいえ、別に問題ないですよ。迷える仔猫ちゃんを正しい道へと導いてあげただけですよ。」
そういえば、この人は何なのだろう。魔法のような力を使えるし、なんでも知っている。
「あなたは……」
「ちょっと、喋り過ぎてしまいましたね。」
バチンという音が耳の中に留まった後、視界がボヤけていって俺は倒れてしまった。
「大丈夫ですか?」
え?気がつくと先程の少女が目の前にいる。何かを聞きたかったことは覚えているが、何を聞きたかったかは覚えていない。
「大丈夫……です。」
脳が揺さぶられるような感覚になっているが、暫くすると治っていった。
「あの、俺を強くしてくれませんか?」
色々と考えたあげく出て来た言葉は、先程と関係ないことなのだろう。しかし、この人に強くしてもらったら、俺の望みに近づくだろう。
「あなたは何を望んでいるのですか?」
「この戦争の終戦です。」
「終戦ですか……分かりました。あなたを強くしてあげましょう。」
「え、いいんですか?」
「ええ、勿論。」
こんなダメ元の願いを簡単に聞いてくれるとは思ってもいなくてびっくりした。ヘレナ先生の件もあって、この人が優しすぎて不安になってきた。
「まずは、魔力の増幅です。殺しよりも効率よく魔力を増やす方法があります。だから、これからはむやみに殺す必要はありませんよ。」
マジか……なぜ、そんな方法があるのなら誰も使ってこなかったのだろう。
「方法は至って簡単です。戦地と内地の国境の木を一本斬ってください。」
「え、それだけですか。」
「ええ、そうですよ。」
少し怪しみながらも木に向かって剣を振り降ろした。ありったけの魔力を込めて剣に力を入れて何とか木を斬り落とせた。
ドクン、ドクン。
自分の脈拍が極端に早くなるのを感じる。
「かハッ。」
咳き込むと血を吐いていた。身体を支える力もなく、地面に倒れる。
「やはり、こうなりますね。」
少女が俺の背中に手を当てると、身体の痛みが治っていくのが分かる。身体を起こす力も湧いてきて、難なく立ち上がる。
「何で、こうなったんですか?」
この質問には色んな意味が入っている。自分が倒れたこと、そして自分の魔力が何千倍にも増えたことが分かる。
「この木々は開戦当初からあったものです。根っこがこの辺りの多大なる魔力を吸っているんですよ。あなたが倒れたのは魔力器の決壊です。魔力器は分かりますか?」
「えっと、魔力が貯めてある身体の内部器官のことですよね。」
この世界の人々と地球の人との唯一の身体のつくりの違いである。
「自分のキャパシティーを超えた魔力が注ぎ込まれたことにより、魔力器が壊れました。しかし、私が治したので安心してください。この裏技は私がいないところでやったら確実に死にます。だから、成功例はあなたを除いていません。」
殺されかけたというのに、何故か怒る気にはならなかった。それ以上に確実に感謝の方が大きい。
「あなたは魔法が使えるんですか?でも、魔法陣もないし詠唱もないですよね。」
「ええ、使えますね。魔法陣と詠唱はある程度の魔力があればなしで使えますよ。でも、大変な魔法だと魔法陣は入りますね。」
「降雪……」
そう言って、少女が詠唱を始めると見たことないほど綺麗で立体的な魔法陣を描き、雪が降り始めた。
「雪を降らせるだけなのに大変なんですね。」
「ええ、世界中に雪を降らせるのは大変ですよ。」
世界中……。予想していた規模よりも何万倍も大きい。
「あなたも夜寝て、朝になったら魔法を使えるようになっていますよ。」
え……。
「ホントですか!絶っっっったいですよね?」
「ちょっと、喜び過ぎじゃないですか?」
だって、俺にとって魔法を使うことは夢だったのだから。
「じゃあ」
「伏せてください。」
突然、叫ばれたからしゃがむと自分の頭があった位置にたくさんの火の玉が通り過ぎていく。
「あなた達はなんですか?」
少女が俺を庇うように立つ。
「あ?うるせえよガキとおじょおちゃん。雪が降り出したから、一旦戦争から戻ってるんだよ。ついでに死んどけよお前ら。」
百人程のエルフが出てきて、周りを俺らに撃ち込んだ。
「はあ、仕方ないですね。」
少女の周りから暖かい炎が出て、全ての魔法を取り込んだ。
「は……?」
呆然としているエルフの集団の周りに降っている雪が氷と変わり、全員を氷の閉じ込めた。そして、さっきの炎が輪を描き、氷を真ん中から斬り裂いた。炎は消えているが、エルフたちの血が雪を溶かすように流れている。
「あんたはなんなんだ?」
「私はヘスティアといいます。これから、よろしくお願いしますね。あなたの名前を聞いてもいいですか?」
「ロージェンです。よろしくお願いします。」
「あ、それと私に敬語を使わなくても大丈夫ですよ。もし、強くなりたかったら明日からもこの場所に来てくださいね。」
「はい、絶対に行きます。」
魔法が使えて、さらに強くなるのなら行かないという選択肢はない。
「敬語直してくださいね。」
「あ、うん。」
ヘスティアとの出会いは俺の異世界生活のターニングポイントの一つだったことは間違いないだろう。
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