第8話

ジメジメとした空気が部屋に広がっている。今日はガースの誕生日の前日だ。ガースが剣教室に来るのもあと、三回かそこらだろう。


「ロージェン、ガース先輩の誕生日プレゼント何か渡すのか?」


僕は戦闘に邪魔にならない程度の金属で出来た腕輪を買った。耐久値がそこそ高くて、軽い剣ぐらいなら受けれるようになっている。


「僕はもう用意してるよ。ルードは?」


「用意してないんだけど、してた方がいいかな?俺も世話になったからなあ。」


ルードは難しそうな顔をして悩んでいる。


「買うにしても、何を買うかが思いつかねえんだよな。」


「あーね、無理に買おうとしなくてもいいんじゃないか。」


ルードはそこまで仲良くしていたわけではない。たまに、アドバイスをして貰っていたから恩を感じていたのだろう。


「確かにそうだな。てきとうな物を渡しても悪いしな。」


ルードは買わない方向性にいきそうだ。


「あれ?なんか、人が集まってねえか?」


「ほんとだ。真ん中に居るのはヘレナ先生か。」


僕とルードも走ってみんなが集まっている所に行った。ヘレナ先生は何やら説明をしているようだ。


「あ、ロージェン、ルード。これでみんな集まったわ。今日はこれから違う場所で練習するわ。綺麗な湖のほとりでやりましょう。」


「「はい!」」


ガース先輩がもうすぐ居なくなるのが関係するんだろう。


「転移……」


ヘレナ先生を中心に魔法陣がどんどん広がっていき僕らの足元を覆い尽くす。それから、光に飲み込まれて次に見えたのは湖のある大自然の中だった。湖が太陽光を反射して眩しい。


「では、それぞれ自主練をはじめてください。」


「ガース、一緒に練習してください。」


「いいぞ、ロージェン。今日こそはヘレナ先生に攻撃を当てるぞ。」


あれからも僕らはヘレナ先生に攻撃を当てれずにいた。


「了解です。それにしても、人が卒業する度にこんな所まで来るんですか?」


「クリス先輩の送別会の時は、こんなところまで来なかったんだけどな。今回はなんでだろうな?」


ガース先輩は思っていたよりも大事にされてるのかもしれない。


「ヘレナ先生も卒業以降、クリス先輩に会ってないって言ってたからそんなに仲が良かった訳では無かったんじゃないですか?」


「は?」


あ、僕が調査しているのは内緒だった。


「ごめ……」


「本当に卒業以降、会ってないって言ってたのか?」


ガースの顔は少し青ざめている。


「え、うん。」


「そんなはず……」


「きゃぁぁぁぁぁあ。」


振り向くと血まみれの生徒と剣を血で染めているヘレナ先生がいた。


「ロージェン、人の忠告は聞くべきですよ。あまり探らないように言いましたよね?」


え……?まさか、ヘレナ先生が……クリスさんを殺したのか?


「悪いですが、ここでみんなには死んでもらうわ。私の魔力の足しにしてね。」


ヘレナ先生はとてつもないスピードでたくさんの者を斬った。


「ヘレナァァァァア。」


『ロージェン、行くぞ。』


頭の中からガースの声が聞こえてくる。


『これは生きるか死ぬかの戦いだ。気を抜くなよ。』


『りょ……了解です。』


僕とガースはヘレナ先生に向かって走り出した。


「あら、いい魔力の二人が来ましたね。」


「クリス先輩もそんな理由で殺されたのかよ、クソババア。」


ガースの剣は簡単にいなされる。


「彼は私を『鑑定』の能力で私の殺してきた数を見たので、他の者にバレる前に殺しました。」


「てめえ、たくさん殺してきたのかよ。」


「そうです。なので、魔力は普段見せてるよりも多いわ。」


普段ですら勝てないのにまだ本気じゃなかったのかよ。


「死になさい、ガース。」


ヘレナ先生の一撃は早くてガースを斬りそうになったところに誰かが間に割って入った。


「グハッ。うっ……。」


「ルード!」


「はぁ、はぁ、はぁ……これでガース先輩への誕生日プレゼントにはなったかな?」


「お前……。」


それだけ言って、喋らなくなったルードをガースは何も言えずに見つめている。


「俺らも続くぞぉぉぉぉぉお。」


「おぉぉぉぉぉお。」


剣教室で習っていたたくさんの生徒がヘレナ先生に斬りかかりにいった。


「みなさん、何も学んでませんね。」


たくさんの血飛沫が僕の視界を埋め尽くす。周りを見ると僕以外はガースを含めて全員、倒れていた。


「なんで……なんで、殺すんだよ。」


「ここが戦地だからよ。転移魔法でみんなを戦地に送っただけだわ。」


「いや、そういう問題じゃねえんだよ。口封じなら、僕とガースだけを戦地に運んで殺せばいいじゃんかよ。なんで、他の者も殺すんだよ。」


雨が急に降り出して、辺りが水浸しになる。


「あなた、はじめて会った時から気になっていたわ。」


雨と血が混ざる音だけが響いて、ヘレナ先生は言った。


「誰かを殺すことに理由なんて要らないでしょ?」


「は?」


自分の行為を正当化しているのかと思ったが、ヘレナ先生は当たり前のような顔をしている。それが当然みたいな……。


「誰かを殺すことをおかしいと思う者なんて初めて見たわ。」


「そんなのおかしいだろ。こんなの……絶対……。」


「これが戦争よ。そろそろ、あなたも殺すわ。」


戦争……そんな理由でなにもしてない命が奪われるのか?それが当たり前の世界なのか?自分の普通が崩れていくのを肌で感じる。


『ロージェン、聞いてるか?何とか生き残っているやつらが四人いる。俺らで援助するから、お前はヘレナ先生を殺せ。』


僕が殺す……?そんなこと……いや。


『了解。指示お願い。』


『分かった。俺は魔力感知妨害魔法をかけている。カスティーリャは俺らの詠唱音を消す魔法ををかけて、お前の透明化の魔法を練っている。マイクはお前に身体強化の魔法をかけて、ナンシーは猫を呼び寄せる魔法を練っている。合図を出したら斬りかかれ、そして生き延びろ、ロージェン。』


『了解、ガース。』


ヘレナ先生が今にも動きそうな時に、


がさがさ


「誰?」


ヘレナ先生は炎を音が聞こえた草むらに撃つ。


「ニャー。」


『今だ、行け、ロージェン。』


「なんだ、猫か。」


安心しきっているヘレナ先生の表情が振り向いた時には驚きへと移っていく。雨でグチョグチョになった顔がさらに歪む。


「どこに……」


「うぉぉぉぉぉぉぉお。」


ヘレナ先生の首へと剣を振り抜く。はじめて斬る肉の感触と飛び散る血飛沫。綺麗にヘレナ先生の首は転げていった。自分の中の魔力が何十倍にもなるのが分かる。


『ガース、やったよ。』


頭の中で念じたが、返答は来なかった。カスティーリャや魔法をかけてくれた生徒の所に行ったが、全員息絶えていた。燃え盛っていた草むらは大雨で鎮火していた。死体の血を舐める猫以外、ここにはいない。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ。」


は森の内側と歩いていく。途中で獣族と何回かすれちがったが、膨大に増えた魔力で全て斬り裂いた。ただゆっくりと、家へと歩いていった。





「おかえり、ロー。遅かっ……って、その血どうしたの?」


俺は少しずつ今日のことを両親に説明していく。


「すごいじゃない、そんなに殺したなんてさすが我が子だな。」


は……?


「ちょっと、この子は友達が死んぢゃったんだからもう少し、配慮してあげなさい。」


それから、両親に色々と賞賛されていたが、全く耳に入らなかった。何故褒める?おかしいだろ、俺が殺したんだぞ。そして、たくさん殺されたんだぞ。なんでそんな当たり前みたいな顔してるんだよ。ヘレナ先生の言っていた事は本当なのかよ。巫山戯てるだろ、こんな世界。


俺が全員、ぶっ殺してこんな戦争終わらせてやるよ。そう決心した夜だった。

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