第5話


「ロー、起きなさいよ。」


母さんの声が耳元から聞こえてきている気がする。


「んー、もおちょっと……。あと一時間。」


「いや、一時間は長すぎでしょ。剣教室行くんじゃなかったの?」


剣教室……?


「うわ、もうそんな時間?」


剣教室のことを思い出して飛び起きた。人は絶対起きたくないと思っても、大事なことを思い出したら目が覚めるのだろうか。便利な機能がついたのはいい事だ。


「ほら、朝ごはん食べてから行ってね。」


「はーい。」


リビングの机の上には朝ごはんが既に用意されていた。だが……


「おはよ、ロー。」


「お、おはよ。」


先にネージュが朝ごはんを食べていた。朝ごはんを一緒に食べるだけなのに体が拒絶している。


「昨日から、剣教室に行ってるの?」


「う……うん。」


ネージュと喋るとコミュ力が九割減する。ネージュはそんなことに慣れたのか、普通にパンを頬張りながら喋っている。


「今度私の相手をしてみてよ。」


「え……?うん、分かった。」


そういえば、ネージュも剣を誰かから個人指導を受けているらしい。しかし、剣を習っている時間が違うしネージュ相手だと身体が上手く動かせなくなるから、ボコボコにされてしまうだろう。


「ご馳走様。」


「ホント、ローは食べるの早いね。」


ネージュは知らないが、食べるのが早いのはネージュがいる時だけである。


「うん、行ってきます。」


「ロー、行ってらっしゃい。」


最近は笑顔で見送ってくれたりするネージュを見ると、申し訳なく思ってきている。悪いのはユキ姉でネージュは悪くないのだから。





剣教室に着くとすぐ、ガースが寄ってきた。


「なんですか?」


昨日のこともあり、かなり警戒しておいた方がいい。ガースは剣を持っていないから、殺されはしないだろう。


「昨日は、本当に悪かった。」


そう言ってガースは深々と頭を下げた。


「え?」


あんなことした人が謝るなんて思ってもいなかったから、かなり困惑している。


「お前には一つ言っておきたいことがある。騎士は絶対に目指すなよ。」


「え、なんでですか?」


ガースは悪意があって僕を斬ろうとした訳では無さそうな気がした。


「俺の友達の人族の先輩がいてな。去年、騎士になったんだけど、すぐ死んだ。人族の騎士ってのはすぐ死ぬんだよ。恩寵なんてものがあっても当たり外れがあるし、他の種族と比べたら圧倒的に脆い。これから、知り合う奴が死ぬのは嫌だろ。だから、腕を斬り落としてやめさせようとしたんだ。」


ガースにも色々とあるのだろう。だが折角、異世界転生して身体が自由に動かせるようになったのだから騎士は諦めたくない。


「すいません、騎士は目指します。」


「は?」


「死んで欲しくないなら、死なないように僕を鍛えてみろよ。」


偉そうなことを言いながら、実際は頼んでいる。自分を鍛えて欲しいと。


「お前、舐めてんの?」


「いや、真面目に言ってるんだよ。」


暫くの間、ガースは僕を見つめて動かない。


「クク、おもしれえ。挑発にのってやるよ。ただ、見込みがなかったら直ぐに腕を斬り落とすからな。」


「はい!」


よし。恐らく、これが剣を鍛えるには一番効率がいいだろう。腕を斬り落とすのはどうかと思うけど。


「ロージェン、ホント冷や冷やしたんだから。」


ガースから離れると、カスティーリャが凄い勢いで詰め寄ってきた。


「ごめんごめん。」


「これから、こんな危ないことはやめてよね。」


カスティーリャは俺を抱きしめながら、説教をしている。顔には柔らかいものが二つ。叱れるのも悪くないな。


「分かった、分かった。」


「今日の授業始めるから、みんな来て。」


ヘレナ先生が全体を呼び出す。今日の授業はガースに腕を切り落とされないように、前回よりも聞いていた。ルードは今日は完全に寝ていた。


「今日も私に攻撃を仕掛けてください。ルールはこれまでと一緒よ。」


「なあロージェン、今日は俺と組め。」


当たり前のようにガースと組まされた。

「え、俺は?」


ルードが眠そうな目を擦りながら、困惑している。


「お前は他の奴と組んでみろ。もう少し、他人のことを考えた動きに慣れた方がいい。」


「は……はい。」


ガースも何も考えずにルードを追い出した訳では無いみたいだ。


「念話……」


ガースが僕の頭の上に手を置いて詠唱を始めた。


『これから、テレパシーで指示を送る。お前はそれに従って動け。』


頭の中から声が聞こえてくるようで気持ち悪い。イヤホンみたいな感じにして欲しかったなぁ。


『作戦は?』


『俺が囮でお前がトドメだ。わかったなら、さっさと行くぞ。』


こんなてきとうな説明を聞くと、ガースがちゃんと指示が出せるか心配になってきた。


「あら、ガースが人と組むのは久しぶりね。」


あの死んだ人のことだろうか?当然、ヘレナ先生も、知っているのか。


「ああ、今回は俺が攻撃を当ててやるよ。」


「やってみなさい。」


『俺が右から、お前は左から行け。』


ガースは右から回るように走り出した。僕もそれの真似をして、左へ走り出した。


『俺がヘレナ先生の剣とぶつけるから、お前は攻撃しろ。』


ヘレナ先生は昨日と同じように、ガースの後ろへ回ろうとしたがガースは後ろに飛んで対応して、ヘレナ先生の隙をついて剣を振り、ヘレナ先生は剣で受けた。


『今だ。』


『いえっさー。』


魔力を剣と腕に流し込むイメージで、剣を振った。


「まだ甘いわ。」


ヘレナ先生はガースの剣を力で弾き飛ばして、僕の剣の側面を回し蹴りで吹き飛ばした。強い……。


「ロージェン、自主練するぞ。」


「はい。」


他の人の攻撃は見ずに、ガースは練習を始めた。


「あの、死んだ人族の人ってどんな人だったんですか?」


「お前に似てたよ。」


俺ってそんなに老けてたっけ……?


「顔は全然似てねえけど、雰囲気が似てたんだよ。」


ガースは俺の考えを読んだかのように答えた。


「剣の腕は俺より上手かったし、魔力もかなりあったと思う。けど、恩寵はゴミだった。」


「恩寵ってどんなのがあるんですか?」


僕はまだ、恩寵をよく理解していない。


「あいつは『鑑定』とかいうゴミ能力だった。人族の騎士長は『瞬速』とかだった気がするけど、他は全く知らない。『鑑定』ってのは相手のステータスが分かるだけの能力だった。」


「確かに、戦闘では使えませんね。」


相手の力量を見て逃げることくらいしか出来ないだろう。


「で、騎士になる前に、俺らの剣教室に挨拶しに来たんだよな。そして、翌週には死んでた。」


つまり、騎士になって一週間も経たずに彼は死んだのだろう。あまりにも早すぎる。相手の力量が分かる能力なのに簡単に殺されるのだろうか。少し、調べてみようかな。


「おい、さっさと練習するぞ。」


「いえっさー。」


調査は、ガースには内緒にしておこう。こういうのは、裏でコソコソやるから意味がある……気がする。


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