例えどんな形でも……

なめなめ

第1話 例えどんな形でも……

「結婚してから三年……どうやらオレは今日、父親というものなるらしい」


 そんな想いを馳せながら、自分は分娩室ぶんべんしつの扉の前で妻の出産を待ち続けていた。


「まさか、このオレが人の親になるとはな……」


 それは本来、とても喜ばしいこと……なのに、どういう訳かその心は大きく揺らいでいた。


 原因となるのはオレが昔聞いたあるセリフ。誰が言ったかまでは忘れたが、それが今さらになってどうも頭にこびりついて離れないでいるからだ。


『例えどんな形でもかまわない! 生まれて来る子供は精一杯に愛する!!』


 確かそんなセリフだったと思う。ありふれた言い回しのセリフだし、子を持とうとする親なら、当たり前過ぎるくらいに思える様な心がけみたいなものだ。


 だけどオレは、“どんな形で生まれ……”という部分にずっと、引っかかっていた。


 もしも……もしも仮にだ。自分に目が見えない子供が生まれたらどうする?

 もしも、耳が聞こえない子供が生まれたらどうする?

 もしも、喋れない子供が生まれたらどうする?

 もしも、手足が欠けた子供が生まれたらどうする?


 正直に言う、オレにはそんなハンディキャップを持った子供を愛してやれる自信はない。


「だって考えてもみろ?」


 目が見えない我が子と一緒に美しい景色を眺めることが出来るか?

 耳が聞こえない我が子と一緒に好きな音楽を聴くことが出来るか?

 喋れない我が子と一緒に楽しい会話を出来るか?

 手足のない我が子と一緒に休日にキャッチボールが出来るか?


 言うまでもなく、そんなのは出来る訳がないんだ! そして出来ないからこそ、オレは“あのセリフ”が頭から離れないのだ。


「ハハハ……生まれる前から“自分の子供が人よりも劣るかも知れない”と想像するだけでこの低落ていらく……ホント、どうかしてるぜよ?」


 そんな下らない自問自答じもんじとうをする愚かな自分に、思わず自嘲じちょうしてしまう。っが、現実問題としてそういった子供を育てるには相当の気概きがいと覚悟が必要になるだろう。

 他人の子なら「大変だなぁ」「親、辛いだろうな」みたいな憐れむ目や偽善的な同情を向けてやれば済む問題かも知れない。でも、これが自分の子供になるとそうはいかない!


 第一、“大変”、”辛い”とする適当な理由なんかで……いや、如何なる理由があろうと途中で「ハイ、やめた!」と言って無責任に子育てを投げ出す真似は許されない!


 そう、一旦親としての責任を背負ったなら、その任は最後まで果たさなければならない。

 例えそれが、長く苦しいいばらの道を進むとわかっていても……


「もしもの時は果てせるのかな? そんな責任が……」


 小さい赤ん坊ならまだ良いかも知れない。でも、その赤ん坊が成長したらどうなる? 

 徐々に……明らかに自分の子供と他の子供が違っていくのを見ることになったらどう思う?


 耐えられるか? 常にハンデを持ち続けてる自分の子供を、他人の子供と比べられずにいられることに耐えられるか?


 親として子供の何もかもを認め、認めた挙げ句にどうしようもない現実を突きつけられることに耐えられるか!?


 自らの全てを投げ売り、尽くしても尚救われない子供の悲惨な未来を想像し続けることに耐えられるか!?


「ああーーーーそんなの無理だ! 耐えるにしても、その先に何もないとわかっていたら耐える意味なんてないじゃないか!!」


 髪をかきむしり、ますます思考のドツボにハマっていくオレ。このまま独りよがりに悶々もんもんと悩み苦しむと思うと、さすがに辟易へきえきとしてくる!


 ――――だが、そうこうしている内に分娩室の方がバタバタバタバタと騒がしくなって……


「な、何だ? もう生まれたのか!?」


 期待と不安が入り交じった感情を抱えながらそっと分娩室の扉に張り付いて耳を当てる。すると、中からは緊迫きんぱくした雰囲気のやり取りが聞こえてきて……


『先生! このままでは赤ちゃんが危険です!』

『わ、わかっとる! それよりも、もう少し酸素濃度さんそのうどを上げてくれ!!』

『ハ、ハイ!』


「な、赤ちゃんが危険って……オレの子供が危ないのか!?」


 急に全身の力が抜け、オレはその場にガックリとへたり込む。


「子供……オレの子供……」


ブツブツと呪文の如く呟くオレ。やがて不安に押し潰されたオレは、天井に向かってこんなことを言い始めた!


「頼む神様! もう五体満足なんて贅沢は言わない! だから、だからオレの子供を助けてくれ!!

  だから……だから頼むからオレに子供を授けてくれ!!」


 無意識だった……本当に無意識のオレはあのセリフを言っていたのだ。


 ――――数分後、分娩室の扉がゆっくりと開かれ……


「オギャア! オギャア!」


「な、泣き声? 赤ん坊の……? オレの……子供か?」


 未だ床に伏せたまま困惑していると、若い女性の看護士が優しく話しかけて来た。


「おめでとうございます、お父さん! 元気な女の子ですよ!」


 それを聞いた瞬間、オレは彼女に礼を言う間もなく急ぐのであった。


 ただ純粋に、愛する我が子を想って……

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