第9話 塾
「…俺も玲の行ってる塾に変えようかな。」
そう言ってチラッと僕を見るキヨくんは、少し拗ねてるみたいだ。僕はクスッと笑って言った。
「キヨくんは名和塾の選抜でしょ?途中から変更したらダメだよ。」
キヨくんは不満気にぶつぶつ言ってたけれど、実際高三の9月に塾を変えるのは悪手だ。僕は夕方の空に響く防災チャイムの音色を聞きながら、学校の自習室から出て行く生徒の波に乗っていた。
文化祭が終わったので、僕たちは受験生という名の日常に押し出されていた。これからは本格的な受験シーズンに突入なんだ。僕も平日は3日、土曜は朝から塾に缶詰になる。
もちろんキヨくんも似た様なもので、塾のある日は高校の自習室で5時半まで過ごしてから、各々塾へ向かう生活が始まっていた。
「キヨくんはやっぱり難関大学目指してるの?」
いくら選ぶ大学が沢山あるとは言え、専攻や偏差値、通いやすさなどを考慮すると、自ずと選択肢は限られてくる。僕はこんな話はしたことがなかったなと思いながら、キヨくんを見上げた。
キヨくんは僕をじっと見つめると、下駄箱で靴を履き替えて言った。
「その事なんだけど、俺、今度ゆっくり玲と話したい。良いかな。」
そうキヨくんに言われて、僕は首を傾げたものの、頷いた。確かに僕は文系でキヨくんは理系。明らかに進路先も違うだろう。大学進学を機に物理的に離れてしまうかもしれない。
僕はキヨくんとイチャイチャする事に精一杯で、というか、こんな関係になったのが怒涛の展開すぎて、そんな事考えもしてなかった。
「分かった。日曜日なら塾も無いし、僕の家に遊びに来る?一緒に勉強しても良いし。確か親も親戚の集まりに行くって言ってた。」
ちょっとキヨくんの目の色が変わった気がしたけれど、僕は後ろから来たクラスメイトに声を掛けられて、その事はすっかり忘れてしまった。
駅で別れた僕は、乗り換えをして少数個人塾へと向かった。ここは従兄弟の剛君のアドバイスで、僕は大手塾よりも、こじんまりした塾の方が向いてるとアドバイスされて決めた塾だった。
「こんにちは、玲君。待ってたよ。文化祭も終わったし、これからはガッツリやるからね?覚悟してよ?」
そう、にこやかに僕に声を掛けて来たのは、この塾のアルバイト講師の一人、大学4年生の大塚君だ。高一の終わりに入塾した時から面倒を見てもらっている、お兄さんの様な人だ。
僕は一人っ子なので、従兄弟の剛君や大塚君曰く、何だかぼんやりしていて危なっかしい様に見えるらしくて、弟の様に可愛がってくれるんだ。
「大塚君、こんにちは。今日もよろしくお願いします。まだ、僕、文化祭ボケしてるかも…。」
そう笑って挨拶すると、大塚君は首を傾げて僕をじっと見つめて言った。
「…うーん?何だか玲君、雰囲気変わった?髪切ったせいかな?」
僕は自分が変わった原因に心当たりがありすぎて、ドキドキしながら、前髪を指で触った。
「…多分そうです。短いから。」
ああ、顔が赤くなってません様に!
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