第8話 箕輪side変化の兆し

高3で一緒のクラスになった橘 玲は、絵に描いたような大人しい生徒だった。俺は陸上部だったから、橘とは接点がなかったけれど、部活を引退した後に席が近くて話す様になった。


橘は目元を隠す様な長めの前髪だけど、真っ直ぐな黒髪は艶があってキラキラしていた。もしかしたら俺の彼女より綺麗な髪かもしれないなと、斜め前の橘を眺めながら思った。



話をすると、おっとりした口調ながら博識で、優しげなものの言い方は癒された。目立つ生徒ではないけれど、この松陰高校でクラスでも10番以内に入るだろう頭の良さは、時々難しい問題を教えてもらう時に、なるほどと納得させられる。


俺はどことなく小動物っぽい橘がすっかり気に入って、彼女の惚気なども話す様になった。そんな話をすると、少し動揺して、ほんのり目元が赤くなるのが面白かった。



どう見ても奥手の橘は、色白の手をもじもじさせて恥ずかしがる。本当これ、何ていう生き物?俺の様に、橘を可愛がっているのは数人いて、ある意味、橘を中心とした友人グループがいつの間にか形成されていたんだ。


ある日、体育の後に更衣室で着替えている時に、俺は橘のおでこを出した顔を見た。橘は顔が小さいと思ってはいたけれど、少し垂れ目な黒目がちな目と、小作りな鼻や口、そして優しげな眉がバランスよく配置されていた。



「橘、お前って可愛い顔してるんだな。」


俺がそう言うと、眉を顰めて首を振って言った。


「男が可愛いとか、何のメリットがあるの?」


いや、それはそうなんだけど、もっと顔を出したら印象が随分違うのにと、俺は何だか勿体ない気がしたんだ。それもあって、文化祭で急遽田中が骨折でメイド役が必要になった時、俺は迷いなく橘を押した。



それからの顛末は、橘自身にも良い結果が出た様に思う。自分から髪を短く切って顔を出す気なったのもそうだし、委員長とよく話しているのもそうだ。委員長とは中学が一緒だと言っていたから、他の奴らよりは話し易いのかもしれない。


ただ、誤算だったのは、あんなに女装が似合って、学校中の関心を引いてしまうとは思わなかった事だ。橘は身体も華奢で、下手すると不穏な目に遭わないとも言えず、俺は委員長にガードしてもらう様に頼んだんだ。


橘は少し動揺していたけど、結構仲良かったんじゃないのかな?もしかして委員長じゃない方が良かったんだろうか。


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