第八一編 ブランコ
聖夜を乗り切り、
といっても、俺の成すべきことはなにも変わらない。大切な幼馴染み・
そのためにも、俺には休息している暇などなかった。なにせあの子が恋しているのは学園でもトップの女子人気を誇るイケメン野郎。桃華に彼をオトさせるには、
だから俺は考え続けた。大晦日だろうが三が日だろうが関係ない。なにか一つでも桃華と久世の距離を縮められる方法はないかと考え、策を練り続けていたのだ。
そうして迎えた本日・一月九日、つまり冬休み最後の日。
「(なんっっっっっにも進展してねえッ!!!!)」
俺は心の中で絶叫していた。
新年が明けて一週間余日。俺はなにひとつ行動を起こしていなかった。ただ家族とのんびり年を越し、近くの神社まで
もちろんその
「(冬休みこそ、桃華に他の女子たちと差をつけさせてやれる絶好のチャンスだったはずなのに……なにをやってんだ、俺は)」
奥歯を噛み締めつつ、己の不甲斐なさを
冬休み期間中であっても
「(ああ、クソ……桃華の恋は進展させられねえし、明日からまた学校だし、なのに英語の宿題はまだ終わってねえし……新年早々ツイてねえな)」
後半の二つに関してはツイてるツイてない以前の問題な気がするが、考えないことにする。要するに、今年の俺は最悪のスタートを切ってしまったということ――
「あれっ、
「!? も、桃華!?」
吐き出した真っ白いため息が空に吸い込まれていくのをぼんやり見ていたところでバッタリ遭遇したのは、まさかのうちの幼馴染みだった。瞬間、〝今年の俺のツイてる度メーター〟がほぼ最低値から最高値まで跳ね上がる。どうやら今年の俺は最悪どころか最高のスタートを切れてしまったらしい。
冗談はさておき、「今日も寒いねえ」と言いながら笑顔で歩み寄って来る桃華と挨拶を
「も、桃華こそ、こんなところでなにしてんだ? 今日、たしかバイトのシフト入ってただろ?」
「うん。でも夕方まで暇だったから一人でお散歩してたんだ〜。そしたら近所の
「(かわいい)」
「そうそう! 田中さんとこのヒロくんがすっごい大きくなっててビックリしちゃった! 佐藤さんちのエミちゃんも、前はもっとヤンチャだったのにめちゃくちゃ女の子らしくなってたし! いやあ、時間が
「(誰か分からない)」
俺は年下の子が苦手なので、近所に住んでいる小学生の名前などマジで一人も分からないのだが、よく覚えられるものだ。
そして桃華が
「昔、私たちもこの公園でよく遊んだよね」
「!」
公園内の小さな滑り台を見つめながら、桃華が微笑む。
「だから、私にとってここは思い出の場所なんだ。悠真とかやよいちゃんとか、いろんな人と一緒に遊んで、笑った
「…………そうか」
「うん!」
微笑み返した俺に、振り向いた桃華が大きく頷いた。
俺の記憶にも、たしかに刻み込まれている。公園を背に立つ彼女の姿に、まだ幼い頃の
砂場では協力して大きな山を作ったことがある。
ブランコでどちらが高くまで
鬼ごっこで誰も捕まえられなかった
スカートのまま
どれも懐かしく、大切な思い出の一欠片。ひとつひとつは小さな記憶に過ぎずとも、そこにいる彼女はいつも明るい笑顔で、そんな彼女に俺は
桃華のことを好きになった理由なんて覚えていない。それを疑問に思ったこともない。明るく、優しく、幸せそうに笑う彼女の姿に、俺は何度も救われてきたから。
その笑顔は、今も当時となんら変わらないように映るけれど。
「やあ、そこにいるのは
「! 久世くん!」
現れたのはイケメン野郎こと久世
その横顔は、
「……なんで
「冬休みの課題のことなら初日に全部終わらせたよ? 僕は今からバイトに向かうところさ」
「つーか今どこから歩いて来たんだよ。
「うん、実は一度〝
「テンプレみたいなイケメンエピソードやめろ」
しかもテンプレ通りであれば、お婆さんを送り届ける代わりに遅刻したりするもんじゃないのか。なんでイケメン
「それより、桐山さんも今日はシフトに
「あ、ほんとだ。もうそろそろ行かなくちゃ」
「もう用意が出来てるなら、せっかくだし一緒に行こうか?」
「う、うん!」
――幸せそうだ。
繰り返し、そう感じる。
「小野くんも、もし時間があるなら一緒に店まで歩かないかい?」
「そうだよ、悠真も行こっ! たまには三人でお話ししようよ!」
「……いや、俺はいい」
俺は桃華の恋愛劇における脇役。
「実はまだ、英語の宿題が終わってなくてさ」
「さっき僕にあんなことを言ってたのに!?」
「そっかあ、じゃあ頑張って終わらせないとだね。頑張ってね、悠真!」
「おう。お前らも
「うん!」
「ありがとう、小野くん。それじゃあ、また明日学校で」
適当に手を挙げて返すと、桃華と久世は連れたって歩いていった。
「…………」
二人の話す声が聞こえなくなるまでその場に立ち尽くしていた俺は、やがて意味もなく
「変わっちまったんだな……俺も、桃華も」
キィ、と
あの頃は、なにも気にならなかったはずなのに。
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