第七九編 個性的

 一頻ひとしき久世くせをボコボコにして落ち着いた俺はベッドの上に戻り、桃華ももかたちから受け取ったプレゼントの箱を目の前に並べてみる。

 桃華のプレゼントは片手サイズの小さな箱。中身も知らないのに妙に手に馴染むのは言うまでもなく、昨夜の救出劇があったからだろう。包装ラッピングとおおよその重量からして、久世へ贈られた青色の小箱と中身は同じものだと推測できる。

 一方、久世のプレゼントは桃華のものよりもさらに小さく、そして軽い。細長い長方形の見た目から察するに、中身は文房具や食器類カトラリーだろうか。このイケメン野郎はひねりのない男なので、「喫茶店勤務の僕たちにぴったりだと思って」などと言ってティースプーンを贈ってきたりしそうだ。


「ねえねえ悠真ゆうま、早く開けてみてよ!」

「気に入ってもらえると嬉しいんだけれどね」


 俺の反応リアクションが楽しみなのか、それともさっき泣きそうになっていたから――断じて泣いてないが――面白がっているのか、とにかく二人してかしてくる同僚ども。どことなくニヤニヤ見られている気がする。腹立つ。


「……じゃあ、まず久世のほうから」


 そう言って俺は包装紙をめてあるテープをペリッと剥がした。別にこんな包装くらいビリビリに破いてしまえばいいのだろうが……まあ、別に、今日くらいは、な。丁寧に剥がしておいてやろう、うん。

 そしてセンス良さげなデザインの箱をそっとけてみると、中から出てきたのは――


「ティースプーン、だな」

「うん、そうだよ」


 どこか自慢げに、久世が頷いた。


「実はそれ、結構有名なお店のものなんだよ。小さいけど丈夫だし、使い心地も良くて評判らしくてね」

「へえ」

桐山きりやまさんと僕の分も買って、皆でお揃いにしてみたんだ」

「なるほど」

「僕たちは三人とも喫茶店で働いているし、ぴったりだと思って」

「そうだな、サンキュ。んじゃ次、桃華のプレゼント」

「リアクションが薄くないかい!?」


 さっさと次へ行ってしまう俺に「びっくりだよ僕!」と嘆く久世。そんなことを言われても、予想通りのものを予想通りに贈られてしまったのだから仕方ないだろう。恨むなら己の捻りのなさを恨め、久世真太郎しんたろう

 しかしながらこのイケメン野郎が選んだだけあって、なかなか洒落しゃれたスプーンである。三人でお揃いらしいので、せっかくだからコレは〝甘色あまいろ〟の事務所で使わせてもらうことにしよう。


「悠真ゆうまっ! 私のプレゼントも三人でお揃いなんだよ!」

「へえ、そうなのか?」


 表面上はそう言いつつ、「やっぱりな」と内心で呟く。こちらもやはり予想通りだ。そしてそれはつまり、久世は既にこの箱の中身を知っているということになるのだが……。


「あー……桐山きりやまさんのプレゼントは、うん……すごく……個性的、だったよ」


 引きつったような半笑いとどこか遠い目をして久世が言う。え、なにその反応? 「個性的」ってどういうことだ?


「(まあけてみりゃ分かる話か。それに中身がなんだろうが、桃華からのプレゼントってだけで俺は嬉しいしな)」


 久世の時よりもさらに丁寧に、丁重ていちょうに、包装紙まで一生の宝にする気持ちで桃華のプレゼントを開封する。久世に贈られた青色の小箱は本郷ほんごうさんが復元してくれたものだが、赤箱こちらまぎれもなく桃華が用意してくれたものだからだ。七海ななみ曰く「どこにでも売られている市販品」らしいが……うるせえ、付加価値が違うんじゃい。

 そして俺が内箱のふたけると――


『小 野 悠 真』


 …………。

 …………マグカップだ。


『小 野 悠 真』


 …………。

 …………取っ手の背に、デカデカと俺の名前が入っている。


『小 野 悠 真』


 …………。

 …………ナニコレ。


「……ちなみに、僕のはコレだったよ」


 固まる俺に、久世がおもむろに自分の鞄からマグカップを取り出す。


『久 世 真 太 郎』


 …………。

 …………やはり、取っ手の背にデカデカと彼の名前が入っている。


「私のはね〜、これっ!」


 黙り込む俺に、今度は桃華が得意げに自分のカップを見せつける。


『桐 山 桃 華』


 …………。

 …………やはり同じだ。そして、無駄に達筆たっぴつだ。


「……ナニコレ」

「……僕にも、よく分からなかったよ」

「…………」

「…………」

「……なあ久世、コレ、端的に言ってダサ――」

「『個性的』だよ、小野くん」

「……そっかあ、『個性的』かあ」

「そうだよ、『個性的』だよ」

「…………」

「…………」


 謎マグカップに視線を釘付けにされたまま言葉を交わす俺と久世。なんだろう、カップ本体は無地なのに取っ手に名前だけ、それも漢字のフルネームで入っているのが最高にダサ――


「『個性的』だよ、小野くん」

「……そっかあ、『個性的』かあ」

「ねっ、ねっ、すっごく可愛いでしょ! ひと目で誰のものか分かるし、世界に一つだけしかないオリジナルマグなんだよ!」

「……そっかあ、すごいなあ」


 うん、ある意味凄い。コレを『可愛い』と表現するウチの幼馴染みの感性も、コレを注文通りに制作したオリジナルマグ会社も、コレを「クソダサい」ではなく「個性的」と表現出来るイケメン野郎も、全部凄い。俺は昨日、コレを守るために死にかけたんだな……なんだろう、一周まわってとても誇らしい。そして包装ラッピングし直す際に『久 世 真 太 郎』を目をしたであろう本郷さんの心情をたずねてみたい。

 そして「このマグカップも〝甘色あまいろ〟の事務所で使おうね!」と桃華に言われて笑顔のまま固まる久世をぼんやり眺めていると、不意に俺の携帯電話がブルブルと震えた。


「(メッセージ通知……? 誰だ、コレ?)」


 なにやら未登録の相手からメッセージが届き、いぶかしみながらもひらいてみると。


『???:七海です。貴方の携帯電話を回収した際に私の番号を入れておいたから、このメッセージアカウントとあわせて登録しておきなさい』


「!」


 その文言に確認してみると、俺の手元に携帯電話がなかった時間帯に一件の着信履歴が入っていた。通話時間はたった一秒、備考コメント欄には『七海未来みく』とだけ入力されている。


「(そういや、まだ番号交換してなかったっけか)」


 俺は連絡不精ぶしょうだし、七海も携帯を持ってはいるが普段からまったくと言っていいほど触らない。そもそもあのお嬢様が通話やらメッセージのやり取りやらをするとは思えないしな。


「(でも今後、協力してもらう上で必要になるかもしれないもんな。登録しておくだけ損はないか)」


 むしろこの機会をのがせば、あの女は俺が頼んだって番号など教えてくれないだろう。これはラッキーチャンスだと考えた俺は『了解』の二文字を七海へ返信しようとして――


「(あ、そうだ)」


 ふと思いつき、メッセージを送り返す手を止めて顔を上げる。


「なあ桃華、久世」


 振り向いた二人に、俺は――

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