第七八編 三人の聖夜

「で、いったいなにしに来たんだよ、お前ら?」


 自分のベッドで胡座あぐらをかく俺は、カーペット上に座った桃華ももか久世くせの二人を見下ろしながら問い掛けていた。〝甘色あまいろ〟からのバイト帰りであろう彼らからは、コーヒーの香りが漂っているような気がする。


「なにって、もちろんお見舞いだよ。悠真ゆうま、昨日までは元気そうだったのに急にお休みしたから、心配になっちゃって……」

「うん。それに桐山きりやまさんと僕がたくさんメッセージを送ったのになかなか返事が来なかったし……一色いっしき店長も『小野おのっち、今までバイト休んだことないのに』って言ってたから、よっぽど症状が酷いのかもしれないと思って」

「うっ……」


 俺と違って性格の良い二人からそう言われ、再び胸に訪れる罪悪感。「いや〜、実は昨日、真冬の川にダイブしてさ〜」なんて言ったらどんな反応をされるだろう。流石に冗談として受け取られるかな、バリバリの事実だけど。


「お、大袈裟おおげさだな、二人とも。たしかに仕事バイトは休んだけど、大したことないって。薬飲んで寝たらこの通り元気になったし、メッセージだって少し前にちゃんと返信しただろ?」

「えっ? あっ、ホントだ!? 悠真からメッセージ通知来てる!」

「本当だ、僕も気が付かなかった……業務しごと中は携帯なんて見ないし、アルバイトが終わったらすぐに桐山さんにここまで連れてきてもらったから」

「(マジで心配し過ぎだろ)」


 なんなんだよ、なんで「クリスマスで忙しいときに休みやがって、さてはズル休みだな」みたいな思考にならないんだよ。いや、風邪を引いたのは本当なのでズル休みだと思われるのも嫌だが、ここまで本気で心配されてしまうと申し訳なくなってしまう。


「でも、すごい病気とかじゃなくてよかった〜」

「そうだね。小野くんが元気なことを確認出来ただけでも来た甲斐があったよ」

「(コイツら……)」


 ぽわぽわ笑う桃華とイケメンなことを言う久世に、俺は思わず苦笑を浮かべる。まったく、本当にイイヤツらだ。

 そしてそれ以上に感じるのが、二人のあいだにある距離が昨日までと比べてずっと縮まった気がするということ。もちろん物理的な意味ではなく、精神的な意味で。昨日のクリスマスデートが上手く作用した結果かもしれない。


「(……それだけでも、頑張った甲斐があったな)」


 屈託なく笑う幼馴染みの姿に、俺は口元を緩めたまま瞳を伏せる。

 桃華がクリスマスデートを楽しめてよかった。

 彼女の恋が一歩でも前進したならよかった。

 やはり、俺の選択は間違っていなかった。

 俺はに居なくて正解だった。

 桃華ヒロイン久世ヒーローが立つ表舞台に、脇役おれの影が映らなくてよかった。

 これで彼らの記憶には、綺麗な思い出だけを残せるから。


「…………」


 ズキ、と痛む。だが、を「苦しい」と表現するのは間違っているだろう。だって、俺は自分で自分を間引まびいたんだから。

 だから、こんなことを望むのはワガママなことだと分かっているけれど……少し、本当に少しだけ、思う。


「(コイツらと一緒にクリスマスを過ごしていたら――俺もこんなふうに笑えてたのかな)」


 もしも俺がなにもせず、なにも知らず、単なる幼馴染みとして、あるいは同僚として、本来の予定通りに彼らとクリスマスに食事が出来ていたら。中央公園のイルミネーションを眺められていたら。俺は彼らにとって、〝存在しない記憶〟にならずに済んでいたんだろうか。

 無論、仮定の話だ。自分の在り方を後悔しているわけじゃない。でも、こんなイイヤツらと真正面から向き合えない自分おれを寂しいとも思う。


「(せめて写真の一枚くらい、撮っとけばよかったな……)」


「それじゃあ――はいっ、悠真!」

「…………。…………へ?」


 唐突に桃華からなにかを差し出され、俺は一瞬遅れて反応を示した。そしてニコニコと笑顔を浮かべる彼女の顔と、その両手の上に乗せられたモノを交互に見比べる。


「えっ……こ、これって」


 困惑する。なぜならそれは、なんだかとても見覚えのある形をした小さな箱だったから。

 そう、昨日俺が死にそうになりながら川から見つけ出した、例のプレゼントボックス。まさしくアレと同形の小箱だ。相違点を挙げるとすれば、目の前の小箱は青色ではなく、赤色の紙に包まれているということ。


「本当は悠真にも昨日渡すつもりだったんだけど……受け取ってくれる?」

「…………!」


 驚きのあまり声も出せないまま、震える手で赤色のそれを受け取る。そして俺がなにか言うよりも先に、今度は久世が「それじゃあ、僕も」とかばんから小さな長方形の箱を取り出した。


「メリークリスマス、小野くん」


 プレゼントを俺に手渡しながら、イケメン野郎が微笑む。


「メリークリスマス、悠真っ!」


 昔となにも変わらない明るさで、幼馴染みの少女が笑う。


「(――……そうか)」


 俺は、コイツらとクリスマスを過ごすつもりはなかった。

 擬似的に桃華と久世のクリスマスデートを実現するためには、そこから小野悠真おれ間引まびくことは必要不可欠だったから。

 七海ななみがタイミングよく喫茶店前に現れ、俺は彼らとの食事会に。すべては事前に決められていた筋書すじがき通りで、予定調和だ。

 でも――コイツらにとっては、そうじゃない。


 桃華も久世も、本気で俺とクリスマスを過ごすつもりでいてくれた。

甘色あまいろ〟の仲間として、三人で過ごす聖夜を考えてくれていた。

 こうして、プレゼントまで用意して。


「…………」

「……えっ」

「ゆ、悠真?」


 黙ったまま俯いてしまった俺に、二人が戸惑いの声を上げる。


「えっ、えっ? な、泣いてるの、悠真っ?」

「…………泣いてねえ」

「泣くほど感動したのかい、小野くん?」

「うるせえッ、泣いてねえよッ!」


 顔を覗き込んでくる桃華と久世から思いっきり顔をそむける。泣いてない。断じて泣いてない。ちょっと目の奥がみて、涙が出そうになっただけだ。


「あははっ、どうしちゃったの悠真? 私たちからのプレゼント、そんなに嬉しかった? ねえねえ、嬉しかったの?」

「だからうるせえ!? ちけえ!? 頬をつつくな、泣いてねえっつってんだろ!」

「小野くんに泣くほど喜んでもらえるなんて、僕も嬉しいよばふあぁっ!?」

「泣 い て ね え ッ ! !」


 肩越しに人差し指を伸ばしてくる桃華の手を払い、一人で勝手に納得して頷く久世の顔面に枕を投げつける。それでもニヤニヤ笑いを止めようとしない彼らに、腕で目元をぬぐった俺は「ぬがあああああっ!?」と叫ぶ。


「上等だ、お前ら二人ともそこに正座しやがれッ! 先輩として説教してやるッ! 人の気も知らずに呑気にヘラヘラしやがってッ!?」

「わっ、悠真が怒った!?」

「お、落ち着いて小野くん、暴れたら熱が上がってしまうかもしれない!? 泣いてしまって恥ずかしいのは分かるけどぼふぁあっ!?」

「久世くーんっ!?」


 危険を察知したらしい桃華が部屋の隅まで避難するなか、俺は右手で掴んだ枕を振り回してイケメン野郎をぶっ飛ばす。……本当に、ヒトの気も知らずに好き勝手言ってくれやがる。

 床に倒れた久世を枕で殴りまくる俺と、そんな発狂した幼馴染みをしずめようとする桃華。混沌カオスと呼ぶに相応ふさわしい状況は、「病人が夜中に騒ぐな」と母が怒鳴り込んで来るまで続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る