第七四編 自己犠牲イルミネーション
『――報告は以上になります、お嬢様』
「そう。ご苦労様、
電話越しの従者に短く
「ど、どうなったんだ?
少女が携帯をテーブルに置くやいなや
未来は呆れ半分で「落ち着きなさい」と言ってから、従者からの報告を簡潔にまとめて伝えた。
真冬の川に飛び込んだ愚者の少年と一緒に回収された青色のプレゼントボックスは、とてもではないが贈り物として使える状態ではなかった。少年が
ゆえに、未来は従者に
厄介なのはプレゼントの復元より、そのプレゼントを
さしもの
そう、本当にギリギリだった。愚者の少年が喫茶店を飛び出すタイミングが少しでも遅れていたら、
なにかがひとつ欠けていれば成立しなかった。なにかがひとつズレていれば間に合わなかった。ギリギリの綱渡りを制した果てに、桐山桃華のクリスマスデートは笑顔の幕引きを迎えたのである。
「――そうか……よかった」
未来が本郷からの報告を要約して話し終えると、悠真は張り詰めていた糸が切れたようにヘナヘナとその場へ座り込んだ。そして一級品の
「(まったく……見上げた愚直さだわ)」
そもそもの話をするなら、プレゼントを橋から落としてしまったのは他ならない彼の
だがもしも悠真がプレゼントを落としていなかったら、彼は最大の問題を自力で解決することになっていた。
小野悠真が愚者でなければ、この結末に辿り着くことはなかった。
「……ありがとな、
「?」
不意にそう言った悠真に、未来は静かに目を向ける。
「お前が手を貸してくれなかったら、なにも上手くいかずに
そして少年は深く――深く、頭を下げた。
「だから、ありがとう。俺のことを助けてくれて」
――何度でも言おう。小野悠真は愚者だ。
たとえ自分の行動に意味がなくても、なんの
無意味で、無価値で、無茶で、無謀でも。己の心身にどれほどの〝痛み〟を伴おうとも、器用に生きることなど出来ない男だ。
しかしそれでも彼は
そんな愚者の姿は、聡明な少女の瞳にどう映っただろうか。
「……
どこか突き放すように未来が言う。
「私は貴方を助けた覚えなんてない。言ったはずよ、『私が貴方に協力するのはそれが「対価」だから』だと。今日だってそう、私はあのペアケーキの対価を返しただけ」
美しい少女は
「〝彼女〟の
「…………!」
未来にそう言われて目を丸くした少年は、やがて唇をきゅっと結び、そして深く
そんな悠真をその場に置いて、ソファーから立ち上がった未来は先ほどまで彼が夜景を眺めていた窓際へと歩み寄る。そして継ぎ目のない窓ガラスから、人工的な光に満ちた世界を見下ろした。
あの光の海のどこかで、久世真太郎と桐山桃華は過ごしているのだろうか。
あの光の海のどこかに、少年が懸命に守り抜こうとした少女の聖夜はあるのだろうか。
「…………」
くだらない。そんなことは心の底からどうでもいい。未来は他人の恋愛にもクリスマスにも、欠片ほどの興味もなかった。
しかしそれでも、彼女は思う。
「……綺麗ね、イルミネーション」
静かにそう呟いた美しい少女に、未だ俯いたままの少年は枯れたような、涙ぐんだような声で小さく答える。
「……そうかよ」
「ええ――本当に、嫌になるくらい」
未来の言葉に嘘はない。綺麗だった。ただの電飾の光でしかないと分かっていても。
なぜならあの一粒一粒こそ、彼が守り抜いた光そのもの。
無謀な行動に身をやつし、胸を締め付ける痛みに耐えながら、彼等の最高のクリスマスのため、陰から懸命に照らされた〝自己犠牲イルミネーション〟。
「――馬鹿ね」
窓ガラスに反射する少女の表情は、これまで見せたことがないほど穏やかなものだった。
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