第七三編 聖夜に笑顔を
「受け取って欲しいものがあります!」
紅潮した顔で
場面は変わり――
「…………」
泥と傷にまみれたその少年は、
今宵はクリスマス・イヴ。無数の光で
「――
静かな声が響き、少年は顔だけでそちらを振り返る。仕切りのない一室に足音も立てずに入ってきたのは、この世のものとは思えないほど美しい一人の少女。腕のなかにタオルと着替えを抱える彼女は、未だ汚れたままの少年を見て小さなため息を落とす。
「いつまでそうしているつもりかしら。早くシャワーを浴びなさいと言っているでしょう。なんのために貴方をここまで連れてきたと思っているのよ」
彼女――
少女が口にしたとおり、ここに悠真を連れ込んだのは他ならぬ未来だ。真冬の川へ飛び込んで凍えていた少年を見かねたのか、従者の女性が
二人で使うには広すぎる部屋と、上質な調度品の数々。美しい夜景を独り占めに出来る
普段の少年であれば自分と不釣り合いな空間に
「そこから見ていたところで、何かが変わるわけではないわ。貴方が今すべきことはその泥だらけの服を着替えて、
「……悪い」
「…………。……風邪を引いても知らないわよ」
いつもなら反抗して噛み付いてくるであろう場面でも、少年は謝罪の言葉を呟くだけ。その姿はまるで
「……
手ずから用意したタオル類をバスルーム前に置き、室内中央のソファーへ腰掛けた未来に、窓の外を見たままの少年が問う。
「
「またその話? もう何度も説明しているでしょう」
悠真が言及しているのは、桃華のクリスマスプレゼントの
「今、
「……悪い」
再び謝り、それでも悠真は動こうとしない。桃華のことを心配しているのか、あるいは自責の念に駆られているのか……未来には
「…………」
未来は、悠真のことを心配しているわけではない。少なくともその表情には
美しい少女と、泥に
それでも少女は、少年の
『――お嬢様。大変お待たせ致しました』
少女の携帯電話に従者からの連絡が入ったのは、それから少し経ってからのことだった。
☆
場面は表舞台へ巻き戻る。
階段を下りようとする真太郎を呼び止めた桃華は、肩から
それは――可愛らしくリボンが結ばれた赤色の小箱だった。
「あっ……ご、ごめん、こっちじゃなくて」
自分の締まらなさに赤面した桃華は赤の小箱を鞄へ仕舞うと、改めて鞄の中身を手で
それが鞄の中に入っていたことを、桃華が疑問視することなどない。当たり前だ。この青い小箱は今日の朝、〝
無論、包装紙が
ゆえに、なんの
「それは……もしかして、クリスマスプレゼントかい?」
「う、うん。せっかくの機会だから……あっ、でも大したものじゃないんだよ!? 喜んでもらえるか分からないっていうか、要らなかったら捨ててもらっても全然大丈夫っていうか!?」
プレゼントを両手で抱えたまま、腕を出したり引っ込めたりする桃華。真太郎はそんな少女の姿をぽかんとした表情で見つめていたが……やがて、クスクスと
「く、
「ふふっ……ごめんね、あんなに堂々と『受け取ってほしいものがある』なんて言っておいて、いざ取り出したと思ったら急に自信がなくなっちゃうのが面白くって」
「あう……」
好きな人に笑われ、桃華は恥ずかしさを隠すように
「じゃあ――僕からも」
「……えっ?」
彼の声に顔を上げると、桃華の目の前には小さな長方形の箱が差し出されていた。
「えっ……どぅえええええっ!? クリッ、プレッ……!? くく、久世くんが、私にっ!?」
「用意しているのは
茶目っ気の
「あ……ありがとう、久世くん」
「うん。こちらこそどうもありがとう、桐山さん」
「……ぷっ」
「あははっ!」
お互いにお礼を言い合う二人は、やがてどちらからともなく笑い出した。先ほどまで暗い顔をしていた真太郎も、今は
「今日は本当に楽しかったよ。小野くんが一緒に来られなかったのは心残りだけれど」
「……うん。だから」
受け取ったクリスマスプレゼントを胸に
「今度また、みんなで遊びに行こうよ。その時は悠真と……七海さんも誘って」
「!」
真太郎が目を見開く。それは『未来とあの頃みたいな関係に戻りたい』と明かした真太郎を思っての言葉だったのだろう。
「……どうだろう。遊びに誘ったとしても、未来は来てくれないような気がするけれど」
「大丈夫、きっと悠真ならなんとかしてくれるよ! 七海さんとお友だちなんだし!」
「そこは小野くんに任せる気満々なんだね」
謎に自信満々な桃華に苦笑する真太郎。そう単純な話ではないことくらい、きっと桃華も分かっている。思いつきのアイデアで簡単に解決出来る程度の問題なら、最初から真太郎は頭を悩ませたりしていない。
それでも。
「――桐山さん」
幼少の思い出が残る高台で、学園の王子様と呼ばれる少年は等身大の言葉を口にする。
「僕は〝
そう言って、真太郎はもう一度笑った。そして大切な想い人の笑顔に
「ねえ、久世くん。貰ったプレゼント、ここで
「もちろん。気に入ってもらえると嬉しいな。僕も桐山さんのプレゼント、見てみてもいいかい?」
「うん! さっきはあんなこと言ったけど、実は結構自信あるんだー! すっごく可愛いし、久世くんのものだってひと目で分かるし!」
「えっ? それってどういう……?」
――こうして、少女の聖夜は幕を閉じる。
この日、少女の恋は確実に一歩前進した。決して飛躍的なものではなかったが、想い人と二人きりでは話すこともままならなかった彼女が、これほど自然に笑い合えるようになったのだから。
遠く輝くイルミネーションが、そんな二人の横顔を優しく照らし出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます