第七二編 失われた笑顔
「
「……うん、ほとんどの人はそうだと思うよ。中学に上がる頃にはもう、彼女は笑わなくなってしまっていたから」
「笑わなく……」
過去を思い出しているような
桃華は七海
もちろんその美貌や家柄、才能を噂する声は何度も耳にしたことがあったし、桃華自身も彼女が廊下を歩く姿に思わず目を奪われたことはある。定期試験の順位表では常に首位にその名が刻まれており、「七海グループ」の
だがこの程度の情報など、
「七海未来は今まで一度も笑ったことがない」――これもまた、学園内でよく耳にする噂の一つだ。しかし、彼女と幼馴染みの少年は首を左右に振って否定する。
「今の未来しか知らない人には信じてもらえないかもしれないけれど……昔の彼女は、本当によく笑う子だったんだ」
「! そ、そうなの?」
噂の真偽はともかく、桃華は未来があの
「僕たちが初めてこの場所に来たときもそうだったんだよ。未来が先陣を切って僕たちを〝冒険〟に連れ出して、あっちこっち迷いながらようやく見つけたんだ。未来には同い年の従者がいたんだけれど、その子が泣きそうになりながら引き留めようとしても聞いてくれなくって……」
当時のことを振り返って、少年は薄く微笑む。
「楽しかったなあ……あの頃は」
だが彼は、すぐに声の調子を暗いものへと変えた。
「きっと、未来はそんな昔のことなんて覚えてないだろうけれどね。彼女は――変わってしまったから」
真太郎の話が真実だとするなら、「変わった」という表現は
「……どうして、七海さんはそんなに変わっちゃったの?」
「……分からない。きっと理由は一つじゃないし、それを聞き出すことも僕には出来なかった。ううん、仮に聞いたとしても、未来は教えてくれなかったと思う。今はもう、ろくに挨拶も出来ない関係になってしまったから」
夜景を見つめる真太郎の横顔は寂しげだった。
「――僕が
「えっ……?」
小さな呟きは、口に出すつもりなどなかったものだったのだろう。桃華の反応を受けて、真太郎はハッとしたように顔色を変える。
「い、いや、その……ずっと一人でいたはずの未来が、最近はよく小野くんと一緒にいるみたいだったから……彼が相手なら未来も、本心を打ち明けたりするのかなと思っただけで」
慌てて言い訳めいた言葉を口にしていた真太郎は、そっと瞳を伏せて続ける。
「……今日だって、小野くんと会うためにわざわざ〝
「
彼らは知らない。物語の裏側など、知るはずもない。
だから、彼らの目から見てそう映ってしまうのは仕方のないことだ。この聖夜、人混みを嫌うはずのお嬢様は同僚少年と会うためだけに喫茶店を訪れたのだと。彼が今日来られなかったのは、自分たちよりもお嬢様と過ごす時間を優先したからなのではないかと。
〝
「……ねえ、久世くん」
こちらを振り向いた真太郎に、桃華は一瞬迷いを浮かべてから尋ねる。
「もしかして久世くんって……七海さんのことが好き、だったりするの?」
「! ち、違うよッ!」
「わっ!?」
桃華の問いを大声で否定した真太郎は、すぐにハッとして「ご、ごめんっ、大きな声出して……」と謝罪する。
「……違うんだ。そういうのじゃなくて……」
再び、少年は目の前に広がる夜景を見つめる。ずっと遠く、何よりも明るく輝くクリスマスツリーに彼がなにを重ねているのか、桃華には分からない。
「ただ僕は、未来とあの頃みたいな関係に戻りたいだけなんだ。僕にとって彼女は大切な幼馴染みだから……」
真剣な表情で、少年は語る。
「大切な人には、いつも笑っていてほしいじゃないか」
「……!」
静かな夜に、木々のざわめきが流れる。
少年の言葉に桃華がなにも答えられずにいると、やがて彼は照れくさそうに笑った。
「な、なんだか暗い話になってしまったね。せっかくのクリスマスなのにごめんね、
「えっ、あっ、えっと……」
「もう遅い時間だし、そろそろ帰ろうか。家まで送るよ」
そう言って高台から
「(『大切な人には、いつも笑っていてほしい』……)」
桃華もその通りだと思う。きっと、誰だってそうだ。
大切な相手には笑顔でいてほしいものだ。それが親愛であれ、友情であれ、恋慕であれ。
だったら――
「く、久世くんっ!」
「わっ!? ど、どうかしたかい、桐山さん?」
先ほどとは正反対に、突然大声を発した桃華に驚く真太郎。
「あの……う、受け取って欲しいものがあります!」
彼女の手は、肩から
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