第七一編 思い出の高台

 中央公園のイルミネーション、その一番の見所といえば、やはり噴水広場の巨大クリスマスツリーだろう。高さ一三メートル超、色とりどりの光で飾りつけられたモミの木は文字通り見上げるような大きさで、美しくも迫力のあるツリーを背景に写真を撮る人々はあとをたない。

 そんなクリスマスツリーを中心に、約一五〇万個の電球が使用されたイルミネーションは今年も大盛況だ。特に前夜イヴ聖夜クリスマスの二日間は一部で特別な演出があったり、公園の至るところに露店が出ているなど、老若男女を問わず楽しめる工夫がなされている。そのため若い男女カップルに限らず、友人同士や家族連れも多く訪れ、周辺の道路では例年交通規制が行われるほど大掛かりなイベントとなっていた。


「う、うひゃあ〜……ホントにすごい人だね」

「うん。やっぱりみんな、あのクリスマスツリーを間近まぢかで見たいだろうからね」


 中央公園の外周にあたる道を連れ立って歩きながら、桃華ももか真太郎しんたろうは言葉を交わす。外周ここでも既に相当な人の数だが、公園の中へ目を向ければその人口密度は比べものにならない。真冬でも熱気を感じるほどの人波と、あちこちからチラチラと映る携帯カメラの閃光フラッシュ。時間経過に従って移り変わっていく色鮮やかな電光飾イルミネーションが、聖夜の人々の表情を明るく照らしている。


「ここからでもすっごく綺麗に見えるけど……流石にあそこに飛び込んでいくのはちょっと勇気が要るかも……」

「あはは、そうだね。公園内あそこで見るのが一番だとは分かっていても、一度あの中に飛び込んだらなかなか抜け出せそうにないし」


 実際、公園内の歩道は混雑を避けるため一方通行となっており、すべて回ろうとすると軽く一時間は掛かってしまうだろう。時刻はもなく二一時。遊び慣れた者ならともかく、真面目な学生二人組には気が引ける時間だ。

 そういう事情も手伝って、二人は公園の中ではなくから夜景を見渡せる場所ポイントへ移動している最中だった。


「でも久世くせくん、そんなにいい場所なんだったら、そこにも人がいっぱい来てるんじゃないの?」

「ううん、それは大丈夫だと思うよ。公園からは少し距離があるし、結構複雑なルートを通らないといけないところにあるから」


 真太郎の言葉通り、彼が目指す夜景スポットは入り組んだ小道の先にあった。古い鉄柵がもうけられている用水路に沿って起伏のある坂道をのぼり、古い民家がたち並ぶ生活道路を進む。そして明るいとは言えない街灯を頼りになんの変哲もない脇道に入ってしばらくすると――唐突に左手側の視界がひらけた。


「わあっ……!」


 そこから見える景色に、桃華は緊張していたことも忘れて声を上げる。小高い丘の上から街並みを見下ろせるこの場所には、真太郎がおすすめするだけあって素晴らしい夜景が広がっていた。


「すっごく綺麗……! 周りに光があんまりないから、街のあかりがはっきり見える……!」

「こんなに暗いところだったかな……僕も何年も前に見つけたきり来ていなかったから、記憶が少し曖昧あいまいだよ」

「ここ、久世くんが小さいときに見つけたの? すごいね!」


 感動的な景観を前にしてテンションが上がっている桃華が掛け値のない称賛を贈る。しかし真太郎は苦笑にも見える表情で「……ううん」と首を横に振った。


「見つけたのは僕じゃないよ。この場所はが……」

「……?」


 ひとごとのような少年の呟きに首をかしげる桃華。美しい夜景を眺めながら、どこかせつなげな表情を浮かべる彼に返す言葉が見つからない。

 それでもなにか言わなければと唇を動かそうとしたその時、不意に少女は自分たち以外のだれかの気配を感じ取る。目を向けてみれば、二人が今いる位置よりももう一段上――高台状になっている場所ところから、明るい髪色の女性がりてきたところだった。あたりが暗くて顔や年齢までは判然としないが、桃華たちと同様に穴場まで夜景を見に来ていたのだろうか。


「……ねえ、久世くん。あの階段の上って……」

「えっ? ああ、そういえば……あの高台からのほうが、もっと綺麗な夜景が見られたような気がする。行ってみようか」


 女性の背中が遠ざかっていくのを見送った桃華がたずねると、真太郎は遠い記憶を辿たどるようにそう言って、高台のほうへ足を向けた。もちろん桃華もそのあとに続く。


「うわあっ……! ホントだ、こっちからの景色もすごいね!」

「うん。高台こっちからなら、中央公園のクリスマスツリーも綺麗に見えるね」


 高台の上からは美しい光で飾られた巨大クリスマスツリーと噴水広場のイルミネーションが一望出来た。目の前で見ればきっと大迫力であっただろう威容いようのツリーは、ここから眺めるとまた違った印象を受ける。その姿はまるで、遊びに来た人々や周囲の木々を暖かい光で包み込み、優しく見守っているかのようだ。


「すごいなあ……悠真ゆうまにも見せてあげたかったね、久世くん」

「…………」

「久世くん?」

「! ご、ごめん、桐山さん。少しボーッとしてて……」


 真太郎はなにやら、先ほどから様子がおかしかった。心ここにあらずというか、思い出の夜景を前にして一人で考えにふけっている様子だ。


「……ねえ、久世くん。ここは久世くんが昔、『皆で夜景を眺めた場所』なんだよね?」

「? うん、そうだよ」

「その時は誰と一緒に来たの? 昔のお友だち?」

「それは……」


 桃華の問いかけに彼は一度顔をうつむけ、やがて肯定するように頷く。


「『昔の友だち』と言われれば、その通りなのかもしれない。あの頃はいつも一緒に遊んでいたのに、今はもう皆で集まることも出来なくなってしまったから」


 そこに遠い過去の記憶を重ねているのか、聖夜の大樹を見つめる少年。

 そして彼は、長い時間をけた末に言った。


「――ここは昔、未来みくと一緒に見つけた場所なんだ」

「!」


 驚く桃華に、真太郎が複雑な微笑を返す。


「大切な思い出だよ――

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