第六七編 変化する未来
「申し訳ありません、お嬢様。この様子だと、到着までもう
「――そう」
中央公園周辺の交通規制の余波を受けて
そんな世俗の風景からやはり興味なさげに視線を切ると、少女は車内の本棚から適当な単行本を手に取った。時間が
「――……」
ぱたり、と音が鳴った。
少女が本を閉じた音だった。
「…………」
代わりに、再び窓の外へ目を向ける。流れていくのは先ほどとなにも変わらない、聖夜の街を
それは少女が嫌う「時間の浪費」に他ならなかった。それをよく知る従者の女は、バックミラー越しに主人へ問い掛ける。
「お嬢様……? どうかなさいましたか?」
「……なんでもないわ。ただ理解出来ないだけ。今日という日を特別視する人間が、世間にこれだけ居るという事実を」
少女には「特別な一日」などというものはない。
そんな主人に、従者は困ったように笑みを浮かべる。
「たしかに、こういった行事はお嬢様のご趣味には合わないかもしれません。
「――あの子は私と違って、環境の変化や世間の風潮に合わせることが得意な子だもの。いつも通り
「それなら、お嬢様も一度お試しになってみては? せっかく
「いいえ、結構よ」
「宜しければ私がパーティーのセッティングを致しましょうか!?
「いいえ、結構よ」
「実はこのすぐ近くに私の
「そうね、とりあえず私の言葉を聞いてほしいわ」
熱が入って鼻息を荒くする従者に冷めた目を向けてから、少女は窓の外へ視線を戻す。
「――くだらないわ」
クリスマスごときで浮かれる世間も。
クリスマスプレゼントごときのために走っていった彼も。
「……なんの意味が、あるというのよ」
同じように朝陽が昇る今日に。
同じように夕陽が沈む今日に。
「聖夜」の
頭の隅に残って消えない、あの少年が浮かべていた悲しくて苦しい表情に、いったいどれだけの意味がある。
そんなもの、時間の無駄にしかならないだろう。そうするくらいならば、本の一冊でも読んで過ごしたほうがよほど有意義だろう。
無意味に車窓を眺める少女は不機嫌だった。自分でも気付くことが出来ないほど小さな、しかし確かな苛立ちを抱えていた。
そして主人の
「……失礼致しました、お嬢様。出過ぎた真似をお許しください」
「…………」
「この大通りは
「……ええ、構わないわ。そうして頂戴」
「
大きな橋を越えてすぐ、少女を乗せた車は薄暗い土手沿いの道路に入った。全長の長い
「! 停めて」
主人の
視界下部から聞こえてくるのは静かな水の音と、強風に木々がざわめく音。それらに
暗く静かな冬の川をなにかが横断するように飛沫が上がる。なにかが
「――――!」
まさか、と感情に乏しい瞳を見開く。視力や聴力、その他の五感・六感にも優れる少女は、生まれて初めて自らの目と耳を疑った。
だって、信じられないだろう――こんな真冬の夜に、
その者が、見覚えのある小箱を抱えていたなど。
その少年が――少女の知る〝彼〟であったなど。
「なにを……!」
「お嬢様!?」
従者の声を置き去りにし、令嬢は自らの手でドアを開けて車外へ飛び出した。
少年はその長い階段を
「……どうして」
――どうしてそこまでするのよ。
あらゆる者より聡明な少女は、大まかな状況を察して心中呟く。
彼の身体はボロボロだった。土と泥に
最初から苦しそうだった表情は、今や絶望の色に染め上げられていた。それは己の無力を感じてのものか、もしくは生命の危機を察してのものか。その砕けた心を表すかのように、彼の腕から小箱が転がり落ちた。
「ちくしょうッ……!」
愚者の声がした。
「――――」
愚者の声はその瞬間、少女のなにかを変えた。
「――まったく、見ていられないわね」
それは小さな――本当に小さな変化かもしれない。
けれど確かに、少女を変えた。
ずっと変わらなかった少女を、確かに変えたのだ。
「な……
少年は愚かだった。
しかし彼の愚行は、間違いなく
そんな少女の前に
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