第五七編 予定調和

 一足先に事務所へ向かった俺は、着替えを済ませて桃華ももか久世くせが戻ってくるのを待つ。大学生せんぱいたちに引き継ぎを済ませた彼女たちが事務所に帰ってきたのは約五分後のことだった。


「お待たせ、小野おのくん」

「おう、お疲れ。外寒かっただろ」

「お疲れ様~。もうすっごく寒かったよ~、今日は風も強いし」


 一日中働いたあとなので当然だが、桃華はもちろん久世の顔にも疲労の色がうっすら浮かんでいる。いつも涼しい顔でなんでもこなすイケメン野郎も、流石に今日の激務はそれなりにこたえたようだ。

 そして私服の上から着込んでいたサンタの衣装を脱ぎつつ、桃華が「うーん」と眉尻を下げる。


「だけど本当に私たちだけ先に上がらせてもらってよかったのかな? 先輩たちもきっと疲れてるはずなのに」

「うん、そうだよね……『三人は予定があるんでしょ』って言ってくれたけど、それなら新庄しんじょうさんだって今日は彼女さんとデートの予定があるって言ってたし」

「えっ? 新庄さん、ちょっと前に『彼女にフラれた』って言ってたような……」

「そのすぐあとに四個前の彼女さんと復縁したらしいよ」

「四個前の彼女と復縁ってなんだよ。相変わらず恋人を取っ替え引っ替えしやがって、あの女タラシが」


 さっきはあんなに格好良かったのに、そのエピソードを聞いただけで途端に好印象イメージが崩壊する。頬杖を突きながら俺がぼやくと、久世が「小野くん、一色いっしき店長と同じこと言ってるよ」と笑った。


「……申し訳ないとは思うけど、こういう時は相手の厚意を素直に受け取るべきなんじゃねえか? 店長たちだって、俺らに後ろめたい気持ちになってほしくて早く上がらせてくれたわけじゃねえだろ」

「……そうだね。悠真ゆうまの言うとおりかも」

「たしかに、しっかり楽しんでこないと失礼だね」


 俺の言葉に桃華と久世が微笑む。

 そうだ、彼らには楽しんでもらわないと困る。さながらふくすかのように、「店長たちに申し訳ない」なんて気持ちを引きずったまま過ごされてたまるか。

 彼らの思考を修正ケアしつつ、俺は話題をこのあとの予定へとシフトさせた。


「そういや、これから行くレストランも〝甘色うち〟に負けないくらいデザートが美味うまくて有名らしいな」

「へえ、そうなのかい? それは是非とも味見をさせてもらいたいね」

「ねえ悠真。そのお店ってどこにあるの? 私、まだ場所も名前も聞いてないんだけど」

「あー、あそこだよ。ここから大通りをまっすぐ抜けた先、中央公園のすぐ近く」

「へー、あの辺りにレストランなんてあったんだ。あっ、中央公園といえば、クリスマスのイルミネーションが凄いらしいよ!」

「! へ、へえ、そうなのかー」


 桃華の口からそう言われ、思わず棒読みっぽくなってしまう俺。というのも俺は今日、どうにかしてこの二人に中央公園のイルミネーションを見に行かせられないか思案していたのだ。

 少し前、学校の廊下に期末試験の結果が貼り出された日。とある姫ギャルにクリスマスの予定を聞かれた際に、俺はそれとなく聞いてみた。「聖夜クリスマスにおすすめの場所スポットはないか」と。

 あの金髪ボクっ娘は流石というべきか、料理の美味い店や綺麗な写真が撮れる展望台などをあれやこれやと教えてくれた――ちなみに今日のレストランもこの時に教わった――のだが、最後はこう締めくくった。


『でもやっぱり、この辺で定番スポットって言ったら中央公園になっちゃうかな~。すぐ近くだから高校生ボクたちでも行きやすいし、夜景とイルミネーションがめっちゃ綺麗だしね~』


 彼女の話を聞いたうえで、俺は今回の〝計画〟を練った。中央公園が綺麗なイルミネーションで有名なら、桃華には久世と二人きりでそこへ行かせてやりたい。そのために、食事の予定も中央公園のすぐ側にあるレストランに設定。「せっかくだから」「すぐ近くだから」「ついでだから」――イルミネーションを見に行くためのなどいくらでも考えられる。

 あとはどのように話題をそちらへ持っていくか、ということだけだったのだが……結果として、そんなことは考えるまでもなかったようだ。


「私もやよいちゃんとか他の友だちから聞いただけなんだけどね。みんな毎年見に行ってるんだって」

「うん、すごく有名だよね。僕もこの前新庄さんと話をしたよ。せっかくだし、三人で見に行ってみるかい? あ、でも小野くんはこういうの、興味ないかな?」

「い、いや全然? 俺イルミネーションとかめっちゃ好きだし? いいよな、イルミネーション。俺めっちゃ好きなんだよイルミネーション。特に中央公園のイルミネーションは実はずっと見に行きたいと思ってたんだよイルミネーション」

「な、なんだか棒読みに聞こえるのは僕の気のせいかな?」


 動揺を隠そうとするあまり語尾が「イルミネーション」になる俺に久世が言いづらそうにツッコミを入れる。なんにせよ、これで「食後にイルミネーションを見に行くフラグ」は立てられただろう。


 そして――この時点で、脇役おれの役割は終わりだ。


「それじゃあ、行こうか」


 着替えを済ませた俺たちは、三人揃って事務所を出る。例のレストランに行くなら大通りを進むのが一番分かりやすい。そして久世の背中に続いて大通り方面へ向かおうとした、その時だった。


「――――」


 。そう、偶然だ。

 黒髪に黒瞳こくどう絢爛けんらんでなくとも美しい黒のドレス――何物よりもうるわしいお嬢様が、高級車リムジンのなかから現れたのは。

 彼女の登場にイケメン野郎が瞳を見開く。

 彼女の美しさに幼馴染みが息を呑む。

 時が止まったかのような空気に包まれながら、俺は彼女と視線をわす。

 その深黒しんこくの瞳はどこか責めるような鋭さをともなって、俺のことを真っ直ぐに見つめていた。

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