第五八編 約束
「み、
「
夜の喫茶店前に現れた絶世の美少女と
「こ、こんばんは、未来。もしかして、クリスマスケーキを食べに来てくれたのかい?」
どうでもいい思考をする俺の隣で、イケメン野郎が七海に問い掛ける。しかしお嬢様はなにも答えず、代わりに
俺は誰にも聞こえない程度の咳払いを
「い、いっけねー、忘れてたー! そういえば今日、このお嬢サマにケーキをごちそうするって約束をしてたんだったー!」
「えっ、ゆ、
「ほ、本当かい、
「こりゃあまいったまいったー、うっかりしてたぞうー!」
「心なしか口調までぎこちなくなっていないかい!?」
連続でツッコミを入れてくる久世に対し、俺は「くっ」と心のなかで歯噛みする。俺の名演技が看破されそうになるとは、流石は腐っても演劇部ということか。ついでに桃華もぽかんとした表情を浮かべている。
俺はこれ以上のボロを出す前に、さっさと話を進めるよう試みた。
「そ、そういうわけだから、久世。悪いけど、先に桃華と二人でレストランに向かっててくれ。俺は後から追い付くからさ」
「!」
「ええっ!?」
驚きの声を上げたのは久世ではなく桃華だった。いきなり好きな人と二人きり、なんて
「悠真、一緒に来ないの!? せっかく三人でご飯を食べられるようにって、店長さんたちが気を遣ってくれたんだよ!?」
「い、いや、別に行かないとまでは言ってねえだろ。ただ先に済ませなきゃならない用事があるから、二人で先に向かっててくれってことだよ」
「そういうことなら小野くん、僕たちも一緒に――うっ……」
途中までなにか言いかけた久世は、しかし対面するお嬢様の視線を気にするように口を
俺は小さく苦笑し、二人の同僚の背中を押すように言う。
「心配しなくても、そんなに時間は掛からないって。お嬢がケーキを食い終えたらすぐに合流するよ。大丈夫」
「……うん」
「……そうだね、分かったよ」
幼馴染みとイケメン野郎が頷く。
「じゃあ、僕たちはゆっくり歩いて向かっておくよ。
「う、うん……でも悠真、絶対に早く来てね? 絶対だからねっ?」
「はいはい」
俺が「いいから
そして彼らの背中が遠ざかった頃、ここまで無言を貫いていた七海がようやくぽつりと呟きを落とした。
「――酷い
「……うるせえよ」
俺は彼女の顔を見ずにそう返し、「ふん」と開き直るように鼻を鳴らす。
「仕方ねえだろ、俺にとってはどっかのお嬢サマとの約束のほうが大事だからな。たとえそのために、アイツらとの約束を破ることになったとしても」
「随分殊勝な心掛けね。貴方が私のことをそれほど重要視しているとは思わなかったわ」
言葉とは裏腹に、お嬢様の声色はどこか刺々しく感じられる。おそらくは今日この瞬間――俺が食事会から自分を
だが、それこそ仕方がない。だって、そもそも俺と彼女の関係はそういうものなのだから。互いに互いを利用し、その
「ここは寒いから早くお店に入りましょう。今日のお代はすべて貴方持ち、ということでいいのでしょう? 先に言っておくけれど、容赦はしないわ」
「待てコラ、誰がそんなこと言ったんだよ。
「ええ、そうね。だけどそのケーキを一度だけしか注文してはいけない、とは言われていないわ」
「一休さんかお前は。そんなもん、普通は一回きりに決まってんだろうが」
「貴方の考える『普通』を私に押し付けるのは
「それはもういいんだよ。なんなの、持ちネタかなんかなの?」
俺のツッコミを華麗に
「……頑張れよ、桃華」
役目を果たした脇役に許されるのは、この恋愛劇の無事を祈ることだけだった。
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