第五六編 喫茶店の大人たち
一二月二四日――クリスマス
たくさんの人が毎年楽しみにしているであろうその日、〝
ひっきりなしに来店する客、飛ぶように売れていくクリスマスケーキ。店長が気合いを入れて作った限定商品――定番のブッシュ・ド・ノエルとカップル向けのペアケーキ――も当然のように大人気で、思わず携帯電話のカメラを構える女性客も多く見られた。
そんな状況なのだから店長はもちろん、俺たちアルバイトだってそれはもう大忙しだ。
大学生バイトの二人に俺を加えた三人が
普段の
そして
桃華と
とはいえ、店の前にイケメンと美少女の売り子を揃えて立たせるのは少しやり過ぎだったのではないかとは思う。
久世に
「激務」と表現するに相応しい一日。そして開店と同時に始まった地獄もあと二時間ほどで終わるというところで、皿洗いを終えた俺に新庄さんが話し掛けてきた。
「
「え? ま、まだ七時前ですよ?」
思わず時計へ目を向ける。今日は絶対に閉店時間になるまで帰れないと思っていた俺に、新庄さんはキッチン用のエプロンをしゅるりと
「
「い、いやいやいや!?
「だから言ってんだろ、こっちはもう店長たちだけで大丈夫って」
バイトリーダーたる彼は表用のエプロンを着け直し、後ろ手でそれをきゅっと結ぶ。
「俺が
「(かっけえッ!?)」
自信に満ち、それでいて決して
「で、でもいいんスか、店長?
「
一人、こちらに背を向けたままキッチンの中央に立つ店長は、俺の言葉を遮って言う。
「アタシにとってのクリスマスは『毎年やって来るしんどい日』。でもだからって、小野っちたちにとっての今日が『
俺にとって最も身近な
「――クリスマス、楽しんでおいで」
「(かっっっけえッッッ!?)」
もはや「誰だよアンタ」と言いたくなるくらい日頃との落差が凄いが、だからこそ余計に格好良く感じる。これがギャップ萌えというヤツか。いつも優しいパートのおばちゃんたちも、笑いながら親指を立ててくれていた。
頼りになる大人たちに後押しされた俺は、一度ぐっと喉を詰まらせてから全員に向かって頭を下げる。
「――ありがとうございます。お先に失礼します」
いつもは「お疲れっス~」などと無礼な挨拶をしてばかりの
「(……申し訳ないな)」
店長も新庄さんも、きっと俺たちが揃って飯を食いに行くんだと信じている。だからこそ、彼らは俺たち三人に時間を作ってくれたのだから。
それが申し訳なかった。三人で予定していた食事会から
もしも俺がもっと正しい方法を思い付き、最初から久世と桃華の二人きりで食事に行く約束になっていたなら。そうすれば俺は閉店時間まで〝
大人たちの優しさに、己の無能さを浮き彫りにされた気分だった。
「(でも……やるしかない)」
大人が見たら、きっと俺の行動なんて単なる自己満足にしか映らない。馬鹿な子どもだと思われるだけだろう。
そうだ、
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