第五三編 「間引く」

「お嬢様。お言葉ですが、『おはよう』の一言もなしに突然背後からラブレター製の紙飛行機を投げつけるのはいかがなものかと思いますよ?」

「――そうかしら。私に言わせれば、本人わたしの居ないところで私の悪口を言う貴方のほうが余程不躾ぶしつけだと思うけれど」

「すみませんでした」


 お嬢様とのそんな会話を挟んだのち、昼休みの屋上。お詫びのしるしの献上品――購買部で売られている紙パック入りカフェオレ――を七海ななみに手渡した俺は、ついでに買ってきた焼きそばパンを食べつつクリスマスの話を切り出した。


「――それで、〝彼女〟たちと食事の約束を取り付ける、と?」

「ああ。いろいろ考えてみたけど、結局それが一番無難かなと思って。どう思う?」

「知らないわよ。興味もないわ」


 彼女は相変わらずそっけなく、昼食のドーナツを口にしながら読書の片手間に返してくる。俺の協力者的立ち位置とはいえ、彼女は桃華ももかの恋……というか他人の話そのものに関心がない。相談相手として適していないにもほどがあった。

 しかし、それでも七海は俺にとって唯一の「事情通」だ。加えてあらゆる意味で聡明な彼女に意見をあおがない手はない。俺はこういう瞬間のためにこのお嬢様の〝盾〟を請け負っているのだから。


「――その口振りからして、クリスマスに〝彼女〟たちを誘い出す見当はついているようだけれど」


 七海も「対価」のことは一応頭にあるのか、無関心な瞳をこちらへ投げつつ言った。


「でも、それはつまり貴方を含めた三人で食事へ行く、ということでしょう? その状況で、貴方の望み通りに〝彼女〟たちの関係性が飛躍するとは思えないわ」

「ああ、そうだろうな」


 そんな都合のいい展開などあるはずもない。俺、久世くせ、桃華の三人で食事をしても、学校と仕事バイトの話ばかりして終わりだろう。桃華の恋が進展することはない。

 だから。


「桃華には、久世と二人きりで食事に行ってもらう」

「!」


 俺の言葉に、お嬢様が読書の手を止めた。


「俺がやるのは食事会のセッティングだけだ。場所と時間の約束を取り付けたら、あとは二人きりにする」


 そうすれば、擬似的ながらも「聖夜クリスマスデート」の形式が成立する。それだけで桃華の片想いが成就じょうじゅするとまでは思っちゃいないが、なにかしらの前進は望めるはずだ。いくらあの鈍感イケメン野郎でも、聖なる夜を二人きりで過ごした女の子をまったく意識しないことはあるまい。

 しかしそんな俺の目論見に対し、お嬢様は呆れたような表情を浮かべた。


「貴方が〝彼女〟の恋を叶えようとしていることは、〝彼女〟本人に知られてはいけないのでしょう? そんなあからさまなセッティングをおこなったら、間違いなく感付かれてしまうと思うけれど?」


 その通りだ。

 俺の立ち位置ポジションはあくまでも。大手を振って主人公ヒロインの恋を補助サポート出来る親友ポジションではない。だから久世ヒーローはもちろん、桃華ヒロインにも俺が陰でしていることがバレてはいけない。

 桃華の恋が叶うまで――いな、叶った後も、彼女にはを知られてはならないんだ。

「言動が矛盾している」とでも言いたげな七海の瞳に、俺は静かに「だったら」と呟く。


「当日までは、俺も参加するていにしておけばいいだろ」

「……!」


 ポーカーフェイスのお嬢様が、ほんのわずかに目を見開いたような気がした。

 半月前――桃華たちと三人で映画に行った時、俺は失態を犯している。立ち回り次第で桃華と久世の距離を大きく縮められたはずなのに、好機チャンスを活かすことが出来なかった。

 そして考えたのだ。失敗した原因はなにか、と。状況シチュエーション時機タイミングも悪くなかったのに、どうしてあの日は今一つな結果で終わってしまったのか。


 それは、あの場に第三者おれが居合わせてしまったからだ。


 もしあの日、桃華と久世が二人きりで映画を観に行っていたら。

 もしあの日、二人きりで待ち合わせ、二人並んだ席で映画を観ることが出来ていたら。

 きっと、結果は大きく変わっていただろう。少なくとも、なんの進展もないまま終わってしまうことはなかったはずだ。

 あの日、俺がそこに居なければ良かった。俺の居場所など表舞台そこにはないのだから。

 舞台さえ整えたら、あとは脇役らしく舞台袖に引っ込んでいれば良かった。引っ込んでいるべきだった。

 学習した俺は、同じあやまちを二度繰り返すなど犯さない。聖夜クリスマス、桃華と久世を二人きりにしてやりたいなら――


「――約束だけ取り付けて、あとから邪魔な第三者おれを間引けばいい」

「…………」


 美しい少女の黒瞳こくどうが俺を捉える。感情の読めない表情で、静かに俺のことを見つめている。

 彼女はひらきかけた唇を一度きゅっと結び、そして言った。


「……具体性に欠けるわ。約束を取り付けた張本人あなたが参加出来ないという状況になれば、食事会そのものが中止になる可能性だってあるでしょう」

「レストランに予約を入れておいて、『当日キャンセルは店に迷惑がかかるから』とでも言えばいい。桃華もそうだけど、あのイケメン野郎はそういう言葉に弱いだろ」

「…………」


 あの手の人間は真面目だからこそ行動をぎょしやすい。浅く短い付き合いとはいえ、一緒に働いているのだから久世の性格は把握している。幼馴染みの桃華は言うまでもない。


「……貴方の、不参加の理由付けはどうするつもり? 当日は〝彼女〟たちと一緒に仕事アルバイトをしているのだから、『体調不良』や『家の用事』は言い訳として苦しいと思うけれど」

「あの二人にならそれでも通用するだろうけどな。でも俺にはもっと、やむにやまれぬ事情があるだろ?」

「……?」


 その言い回しを奇妙に思ったのだろう。無表情のなかにいぶかしげな色を覗かせる七海に、俺は告げる。


「なあ、お嬢――そういえば俺たち、クリスマスに一つ約束があったよな?」

「!」


甘色あまいろ〟のクリスマス限定ケーキ。

 俺はその特別なケーキを、彼女のために用意しなければならない。

 だから、仕方ないだろう。俺が急に行けなくなっても、桃華たちは許してくれるだろう。

 むしろ桃華は喜んでくれるだろう――第三者に邪魔されない、理想的な聖夜クリスマスを。


「――どうして」


 何ごとかを呟きかけたお嬢様の唇は、やはり静かに引き結ばれた。

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