第五三編 「間引く」
「お嬢様。お言葉ですが、『おはよう』の一言もなしに突然背後からラブレター製の紙飛行機を投げつけるのはいかがなものかと思いますよ?」
「――そうかしら。私に言わせれば、
「すみませんでした」
お嬢様とのそんな会話を挟んだのち、昼休みの屋上。お詫びの
「――それで、〝彼女〟たちと食事の約束を取り付ける、と?」
「ああ。いろいろ考えてみたけど、結局それが一番無難かなと思って。どう思う?」
「知らないわよ。興味もないわ」
彼女は相変わらずそっけなく、昼食のドーナツを口にしながら読書の片手間に返してくる。俺の協力者的立ち位置とはいえ、彼女は
しかし、それでも七海は俺にとって唯一の「事情通」だ。加えてあらゆる意味で聡明な彼女に意見を
「――その口振りからして、クリスマスに〝彼女〟たちを誘い出す見当はついているようだけれど」
七海も「対価」のことは一応頭にあるのか、無関心な瞳をこちらへ投げつつ言った。
「でも、それはつまり貴方を含めた三人で食事へ行く、ということでしょう? その状況で、貴方の望み通りに〝彼女〟たちの関係性が飛躍するとは思えないわ」
「ああ、そうだろうな」
そんな都合のいい展開などあるはずもない。俺、
だから。
「桃華には、久世と二人きりで食事に行ってもらう」
「!」
俺の言葉に、お嬢様が読書の手を止めた。
「俺がやるのは食事会のセッティングだけだ。場所と時間の約束を取り付けたら、あとは二人きりにする」
そうすれば、擬似的ながらも「
しかしそんな俺の目論見に対し、お嬢様は呆れたような表情を浮かべた。
「貴方が〝彼女〟の恋を叶えようとしていることは、〝彼女〟本人に知られてはいけないのでしょう? そんなあからさまなセッティングを
その通りだ。
俺の
桃華の恋が叶うまで――
「言動が矛盾している」とでも言いたげな七海の瞳に、俺は静かに「だったら」と呟く。
「当日までは、俺も参加する
「……!」
ポーカーフェイスのお嬢様が、ほんのわずかに目を見開いたような気がした。
半月前――桃華たちと三人で映画に行った時、俺は失態を犯している。立ち回り次第で桃華と久世の距離を大きく縮められたはずなのに、
そして考えたのだ。失敗した原因はなにか、と。
それは、あの場に
もしあの日、桃華と久世が二人きりで映画を観に行っていたら。
もしあの日、二人きりで待ち合わせ、二人並んだ席で映画を観ることが出来ていたら。
きっと、結果は大きく変わっていただろう。少なくとも、なんの進展もないまま終わってしまうことはなかったはずだ。
あの日、俺がそこに居なければ良かった。俺の居場所など
舞台さえ整えたら、あとは脇役らしく舞台袖に引っ込んでいれば良かった。引っ込んでいるべきだった。
学習した俺は、同じ
「――約束だけ取り付けて、あとから邪魔な
「…………」
美しい少女の
彼女は
「……具体性に欠けるわ。約束を取り付けた
「レストランに予約を入れておいて、『当日キャンセルは店に迷惑がかかるから』とでも言えばいい。桃華もそうだけど、あのイケメン野郎はそういう言葉に弱いだろ」
「…………」
あの手の人間は真面目だからこそ行動を
「……貴方の、不参加の理由付けはどうするつもり? 当日は〝彼女〟たちと一緒に
「あの二人にならそれでも通用するだろうけどな。でも俺にはもっと、やむにやまれぬ事情があるだろ?」
「……?」
その言い回しを奇妙に思ったのだろう。無表情のなかに
「なあ、お嬢――そういえば俺たち、クリスマスに一つ約束があったよな?」
「!」
〝
俺はその特別なケーキを、彼女のために用意しなければならない。
だから、仕方ないだろう。俺が急に行けなくなっても、桃華たちは許してくれるだろう。
むしろ桃華は喜んでくれるだろう――第三者に邪魔されない、理想的な
「――どうして」
何ごとかを呟きかけたお嬢様の唇は、やはり静かに引き結ばれた。
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