第五二編 来週は

「そういえば、話は変わるんだけどさあ~」


 試験結果を確認しにきた生徒で溢れ返っている廊下から離れたところで、錦野にしきのさんが俺と久世くせのほうを見た。


「二人って来週、なにか予定とか入ってるの~?」

「? 来週……? なんかあったっけ?」

「はあ~? も~、おのゆ~ってば寝ぼけてんの~?」

「そうか、そういえばもう来週だね、クリスマス」

「!」


 思い出したように呟くイケメン野郎に、俺はハッとして携帯電話のカレンダーを確認する。今日の日付は一二月一九日――聖夜クリスマスまで、もう一週間を切っていた。


「(や、やべえ、試験勉強に必死ですっかり忘れてた!?)」


 ガーン、とショックを受ける俺。

 誤解のないように言っておくと、俺は例年であればクリスマスに関心なく過ごすタイプだ。友だちと遊ぶこともなければ、もちろん一緒に過ごす恋人もいない。精々がその辺で買ってきたケーキを家族とモソモソ食べるくらいで、認識的には「ちょっと世間が浮かれているだけの平日」である。

 だが、今年は違う。いや、俺にとってクリスマスが大したことのない日であることには変わりないが……あの子の、桃華ももかの恋にとっては重要な意味を持つ日だ。


「(もし、桃華と久世がクリスマスを一緒に過ごすことが出来たら……)」


 それはきっと、桃華にとって大きな一歩となるだろう。俺のような脱俗主義者でも知っている。クリスマスとは恋人たちの聖夜であり、時には男女関係を飛躍させる可能性を秘めた特別な一日であると。

 ゆえに俺は七海ななみと〝甘色あまいろ〟の限定ケーキについて話したあの日以来、どうにかして桃華と久世をクリスマスに引き合わせられないかと模索していたのだ。しかし、やれ試験勉強だ期末考査だと慌ただしく過ごしているうちに、いつのにか本番がすぐそこまで迫っていた、というわけである。


「(やべえぞ、まだなにも準備してねえ……! い、いや落ち着け、桃華と久世を誘う口実は簡単に用意できる。なにせ――)」


 なにせ俺たちは二四日イヴの夜、三人とも〝甘色あまいろ〟でバイトの予定が入っているのだ。

 どこかのお嬢様が目を光らせている例の限定ケーキ販売も含め、うちの喫茶店はクリスマスの二日間、普段のガラき具合が嘘のように繁盛する――らしい。俺も喫茶店員としてクリスマスを迎えるのは今回が初なので大学生バイトの先輩から聞いた話に過ぎないものの、ほとんどのアルバイトが全員フル出勤であるところを見る限り、相当忙しいことは間違いない。


 つまり久世も桃華も、クリスマスイヴの夜は遊びの予定を入れる余裕などない。〝甘色あまいろ〟の閉店時間は二一時。はっちゃけた学生ならそこから友だちと徹夜オールナイト! なんて無茶もするだろうが、あの二人に限ってそれはあるまい。

 であれば、俺が彼らを食事に連れ出すくらいは容易なはずだ。「せっかくだから晩飯食っていこうぜ」と誘っておけば、まさか「嫌だ」と言われることはあるまい。

 特に桃華にとっては、


「…………」

「おのゆ~? ボクの話聞いてる~?」

「! あ、ああ、聞いてないぞ」

「いや、当然のように聞いてないのやめて~?」


 思考にふけって上の空だった俺の眼前でひらひら手を振っていた姫ギャルが「無礼者め~」と肘でグリグリやってくる。それを甘んじて受け入れていると、久世が脱線した話を戻した。


「僕も小野くんも、クリスマスはバイトなんだ。うちの喫茶店、結構忙しくなるみたいで」

「ふへ~、人生で一度しかない高一のクリスマスをバイトに捧げちゃうんだ~? もったいな~」

「そういう錦野さんはどうなんだよ? やっぱ彼氏とクリスマスデートとかか?」

「んーにゃ? というかボク、彼氏とかいないし~」

「え、マジで?」


 その性格キャラ外見ナリで彼氏いないとかあるんだ?


「ボクはいつも通り、友だちとクリパの予定だよ~。二三日イヴイヴは家族とパーティーして~、二四日イヴはクラスの子たちとパーティーして~、二五日クリスマスは地元の友だちとパーティーして~」

「パーティーしすぎだろ」


 これがいわゆる「パリピ」なのか。金髪フルメイクボクっ娘優等パリピ姫ギャル(三位)。また長くなった。

 すると錦野さんは、不意に「ぶぅ~」と頬を膨らませて言った。


「でもそっか~。しんたろ~くんとおのゆ~にもパーティー来てほしかったけど、バイトなら仕方ないね~」

「あはは……ごめんね、錦野さん」

「どっちしろ、俺は一組のパーティーになんか行けねえけどな。話せるヤツいねえし」

一組うちだけじゃなくて、他のクラスからも何人か来るよ~? おのゆ~が好きそ~な可愛いギャルもい~っぱい来るよ~? どうどう、来てみたくなった~?」

「いや、まったく。俺、どっちかと言うと錦野さんみたいなギャルっぽい子ってあんまり得意じゃねえし」

「今サラッとボクのこと守備範囲外って言った~?」

「ごめんな。錦野さんのこと、そういう風に見てあげられなくて」

「いや勝手にボクがフラれた感じにしないで~?」


 唇を尖らせながら「ボク、結構可愛いと思うんだけどな~」と自画自賛する姫ギャルだったが、やがて諦めたようにため息をついた。


「ま、仕方ないか~。おのゆ~ってばいっつも七海さんと一緒にいるもんね~。あれだけの美人を見慣れちゃってると、そこらの女の子じゃ満足出来ない身体になってたって不思議じゃないよね~」

「!」

「言い方よ。それに七海アレは見た目が良くても内面に難がありすぎるだろうが」

「そんなことないよ~? たしかにボク、あの子に毎日『おはよ~』って挨拶しても絶対無視されるし、『また明日ね~』って言ったら翌日学校に来なかったりするけど~」

「やっぱり難がありすぎるじゃねえか――いってぇっ!?」

「へ?」

「お、小野くん!?」


 突然後頭部に軽い衝撃と鋭い痛みが走り、悲鳴を上げる俺。何事かと驚く錦野さんと久世をよそに、俺は何かが場所をさすりつつ、自分の足元に落ちていた拾い上げる。


「な、なんだい、それは? 紙飛行機……?」

「どうやったらこんな鋭く折れんのってくらい尖ってるじゃん、ウケるんだけど~」


 目をパチパチさせるイケメン野郎と、「ウケる」と言いつつその鋭利さに若干引いている金髪ギャル。

 こんな凶器かみひこうきを折れるヤツなど、どう考えてもこの世に一人しかいない。俺はすぐ近くのとある教室にいる一人の女子生徒へ、非難めいた視線を向ける。

 試験の結果も確認せず、登校してきたそばから最奥後方の席にいた学年一位ソイツは、こちらの様子に構うことなく読書を始めていた。

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