第五一編 二位と三位と

「おはよう、小野おのくん! 試験の結果、どうだった?」

「…………」

「ど、どうしてそんな恨みがましげな目で僕を見るんだい?」


 当たり前のように成績優秀ひだり側にいた久世くせにジロリと半眼を向ける俺。そして「ハイハイ、どうせイケメン野郎サマは勉強も学年上位なんでしょ、知ってますよ、くたばれ」などと怨嗟えんさの念を開放しつつ、仕方なく試験結果の貼り紙をもう一度見上げた。


 ――第二位 久世真太郎しんたろう

  総合点数 一一八八/一二〇〇点


「――なんか、腹立つ」

「なんで!?」


 ぼそっと呟く俺に、ぎょっとする久世が声を上げた。


「おかしいだろ、なんでお前が二位なんだよ。演劇部の練習とか、始めたばっかの〝甘色あまいろ〟のバイトとか色々あって忙しいんじゃなかったのかよ。そこは多忙にかまけて成績落とせよ、人として」

「人として!? た、たしかに今回はすごく忙しくて、今までほど試験対策に費やせる時間は多くなかったけれど……」

「なんだテメェ、それは『試験対策に費やす時間が減っても二位をとるくらいどうってことない』って言ってんのか?」

「いやそんなこと一言も言ってないよね!?」

「お前の魂胆こんたんなんてお見通しだぞ。必死こいて勉強しても一六八位だった俺のことを見下してるんだろ? 俺が休みの日に〝甘色あまいろ〟で店長と『小野くんってほんと頭悪いですよね』とか陰口を叩くつもりなんだろ?」

「そんなつもり微塵もないし、小野くんのなかで僕と一色いっしき店長がそんな陰湿な人間だと思われていることがショックで仕方ないよ僕は!?」


 人間不信を炸裂させる俺と、本気でショックを受けた様子で嘆く久世。そして彼は俺の両肩に手を置き、とても真剣な眼差しで言った。


「小野くん、試験の結果がすべてじゃないよ。僕は君の良いところをたくさん知っているし、仕事だって君の姿を見て学んだ。だから点数だけを見比べて卑屈になる必要なんてどこにもないからね」

「うるさいんだよ、優しくなぐさめるんじゃねえ。成績良いヤツに『試験結果がすべてじゃない』なんて言われたら余計に俺がみじめになるだろうが」


 しかも今の久世コイツの言葉にちょっと感動してしまった自分がいることが悔しい。もし俺が女の子だったら、その真剣な眼差しに心を奪われていたかもしれない。もちろん俺は女の子ではないので、肩に置かれたイケメン野郎の両手を悔し紛れにバシバシ払うばかりだったが。


「あ、しんたろ~くんとおのゆ~じゃん。おっは~」

「!」

「やあ、錦野にしきのさん。おはよう」


 どこか気の抜けた挨拶を投げかけてきたのは、一年一組所属の金髪姫ギャルこと錦野アリサ。彼女に対し、幼馴染みのほうのギャルとはまったく違うタイプの苦手意識がある俺は内心で「げっ……」とうめく。派手な女子というのはどうも得意じゃない。

 そんな俺の心境など知る由もないであろう姫ギャルはクラスメイトの久世に手を振りつつ、俺にも「やあやあ、おのゆ~」と締まりのない笑顔を向けてくる。第二ボタンまで外してあるブラウスから胸元が覗き、微妙に目のやり場に困った。


「二人も試験結果見にきたんだ~? ボクまだ自分の順位も見てないんだけど、何位くらいだった~?」

「錦野さんの名前ならそこにあるよ。今回も三位みたいだね」

「(なにいっ!?)」


 久世の言葉に、俺は本人以上の勢いでバッと順位表を確認する。


 ――第三位 錦野アリサ

  総合点数 一一八五/一二〇〇点


 ま、マジで三位だ。この姫ギャルが? いや、そういえば喫茶店で桃華ももかたちが勉強していた際にそんな話をしていたような気もするが……。


「あや~、またしんたろ~くんに負けちったか~。今回こそ勝てると思ったんだけどな~」

「(……いや、マジで?)」


 ゆるゆるな調子で笑う金髪ギャルを見ていると本気で信じられなかった。彼女も一組所属、すなわち特待生なのだから勉強できて当然だろうというのは理解わかる。理解わかるが、見た目と一致しなさすぎてすんなり飲み込めない。だってどう考えても俺のほうがまだ賢そうだもん、主に言動。


「どしたの、おのゆ~? ボクのことそんなじろじろ見て、やらし~」

「! べ、別になんでもねえよ。ただお前ら、今回の結果に満足するなよ。二位だか三位だか知らねえが、少なくともお前らは満点は逃してるんだからな? 一〇点以上失点しているという現実と向き合い、これからも勉学に励むんだぞ」

「そ、そうだね」

「あはは~、おのゆ~生意気~」


 苦笑する久世の隣で愉快そうにケラケラ笑っていた姫ギャルは、やがて「でもま~」と自分より二つ左に掲示されているその名前に目を向ける。


「しんたろ~くんもだけど、やっぱりにも勝てなかったからね~。おのゆ~の言うとおり、もっと頑張んないとな~」

「…………」


 三位の女と二位の男が似たような表情で上を見上げる。

 に記されている名には俺も気付いていたし、それほど驚きもしなかった。

 正しくは、驚きすぎて驚けなかった。


 ――第一位 七海ななみ未来みく

  総合点数 一二〇〇/一二〇〇点


 全教科満点。

 言葉にしてしまえばそれだけだが、それがどれだけ難しいことなのかはこのイケメン野郎と姫ギャルが証明している。


「――やっぱ化物バケモンだな、あのお嬢様は」


 もはや凡人おれには、そんなありふれた形容表現しか残されていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る