第五〇編 学期末学力考査

 師走しわす――つまり一二月になると、俺たちの日常も慌ただしく過ぎていく。

 なにせこの時期はクリスマスを筆頭にイベント事が目白押しだ。厳しさを増す寒さとともに、一年の終わりが近付いていることを肌で感じる。周りの学生の多くがどことなく浮き立っており、そして他ならぬ俺自身もそんな連中の一人なのだろう。


 しかし一二月は後半こそ冬休みやら年越しやらで楽しい季節だが、前半に限れば学生にとって「鬼門」というべき時期であることもまた事実である。言うまでもなく、学期末学力考査――通知表の成績に大きく関わる定期試験が実施されるからだ。

 やはり、学生の本分は勉強である。どれだけ部活動に注力しようが、どれだけアルバイトに精励せいれいしようが、それらは決して勉学をおろそかにしていい理由にはならない。学期末試験は国・数・英・理・社の基本五科目に加え、副科目の筆記試験も行われるため、それに比例して試験対策についやす時間を増やす生徒が大半を占める。

 授業で使用する教科書を繰り返し見直す者、予備校の教材や参考書を活用する者、自作の単語帳や赤シートを用いて暗記にいそしむ者、友だち同士でそれぞれの得意科目を教え合う者。試験一週間前に差し掛かると部活動も全面禁止となるため、校内はもはや期末試験対策一色に染まっているといっても過言ではなかった。

 そして俺はそんな生徒たちの姿を高みから悠々と見下ろし、「フッ」と虚無的ニヒルに笑う。


「まったく愚かな連中だ……常日頃から真面目に授業を聞いていれば、土壇場どたんばで慌てる必要もなかっただろうに」

「――彼等も、目を血走らせて単語帳を凝視する貴方にだけは言われたくないと思うわ」


 俺と同じく屋上たかみのベンチに腰掛けて異国語の小説を読みながら、どこかのお嬢様がしらけたように呟いていた気がする。


 ともあれ、俺がそれはもう必死に机にかじりついた末に――じゃなかった、普段となんら変わらぬ落ち着いた心持ちで迎えた学期末試験も、三日前に無事終わった。うん、……二重の意味で。

 そして週明け。通知表の作成が控えているからなのか、全教科の採点が土日をまたあいだすみやかに行われ、余韻よいんも抜けきらないうちに結果が貼り出されることとなる。

 初春学園では、試験のたびに学年ごとの成績順位が公開される。一年の廊下に貼り出された横長の紙には左側が上位、右側が下位になる並びで全クラスの生徒の名がつらなっているのだ。

 朝一番からたくさんの生徒が自分の結果を確認しようと押し寄せるなか、ノロノロと登校してきた俺もで自分の名を探した。


 ――第一六八位 小野悠真 

  総合点数 七八二/一二〇〇点


「(……ま、こんなもんだろうな)」


 平均六五点ちょい。好成績とも言えなければ最悪とも思わない、なんとも絶妙で微妙かつ平凡フツー点数スコアを叩き出した俺は、安心感にも似た感情とともに吐息を漏らす。「俺の授業態度と試験勉強量をかんがみれば妥当な結果である」という自己分析、あるいは一種の達観が生み出すため息だった。

 うちの学年は全体で二八〇名。俺の順位は下位ワースト一〇〇位を脱している、と考えれば及第点だろう。一方で、上位半分にもはいれていないあたりが俺らしい。実に中途半端だ。


「(赤点さえなけりゃそれでいいしな、俺は。特待組を狙ってるわけでもねえし)」


 特待組。各試験結果を代表とする成績評価と、授業態度や校則違反の有無を基準に定められる内申評価を基準に、同学年から上位四〇名を集めた成績優秀者クラス。

 所属生徒の選出は入学時と二年次、三年次のクラス替えの際に行われ、その名の通り、学費免除をはじめとする様々な特別待遇措置を受けることが出来る――らしい。知らんけど。

 俺はこの学校に入学出来たこと自体が奇跡的だったくらいなので、特待組なんて夢のまた夢。えんがなさすぎて、ほとんど興味もなかった。「特待組? へー、すげー」くらいのものだ。


「あっ、悠真ゆうま! おーい!」

「!」


 その時、左側から耳慣れた声が聞こえてきて、俺はドキッと胸をはずませた。


「お、おう。おはよう、桃華ももか……およびその他一名のギャル」

「略すな」


 廊下の向こう側から手を振ってきたのは、世界一可愛いでお馴染みの幼馴染みこと桐山きりやま桃華だ。ついでにその隣には例によって、あまり馴染みのない幼馴染みギャルこと金山かねやまやよいが半眼でこちらをにらんでいる。

 想い人が声を掛けてきてくれた喜びを噛み締めつつ歩み寄る俺に、桃華は「おはよー」と屈託のない笑顔を浮かべた。


「悠真も試験結果、見に来たんだね。どうだった?」

「ん、まあボチボチだな。いつもと変わんねえ」

「あははっ、そっかそっか。私たちと一緒だね」


 そう言われた俺はほわほわ笑う幼馴染みから視線を切り、自分とは無縁な順位表左側へと目を向けてみる。


 ――第一三位 桐山桃華

  総合点数 一一〇四/一二〇〇点


 ――第二〇位 金山やよい

  総合点数 一〇六八/一二〇〇点


「――なんか、腹立つ」

「なんで!?」


 ぼそっと呟く俺に、ぎょっとする桃華が声を上げた。


「いや、桃華は別にいいんだよ。頭良いの知ってるし、〝甘色あまいろ〟でも勉強してたし。でも金山、なんでお前が二〇位なんだよ。お前どう見てもそんなキャラじゃないじゃん。底辺うろついてる顔してるじゃん」

「『底辺うろついてる顔』ってなんだよ」

「どうやら、余程成績の良い奴が近くの席に居るらしいな?」

「いや不正行為カンニングなんかしてないから。たしかに、すぐ後ろの席に成績良い子が座ってるけどね」

「あっ、そうか。お前ら出席番号前後なのか……そういえば金山、お前って後頭部にも目ついてたよな?」

「ついてねえよ。私はモンスターか」

「じゃあアレだ、なんか超能力的なものを用いて――」

「ねえよ。どんだけ私が実力で二〇位とったって認めたくないんだよ」


 学生鞄を背負ったままムスッと腕を組む茶髪ギャル系モンスターに対し、俺は小さく嘆息をこぼした。


「やれやれ、こちとら頭が悪いなりに一生懸命赤点を回避しようと頑張ってるっていうのに……やりきれねえな」

「だからなんで私が不正してる前提なんだよ。私だって桃華と一緒にアンタらの喫茶店で勉強してたの知ってるだろ。アンタの成績がイマイチなのは、単純にアンタの努力が足りてないってだけでしょ」

「なっ……! テメェ、なんてヒドいことを言いやがるッ!? 許せねえ、他人ひとが精一杯努力した結果を素直に受け止められない人間なんて最低だぞ!」

「いっそ清々しいほどの特大ブーメランなんだけど」

「や、やよいちゃん。今のは流石に言い過ぎじゃないかな……?」

「そんでなんで桃華アンタまで小野コイツに同情してんの? 庇うならまず私を庇いなさいよ」


 被害者ヅラをする俺と、そんな俺が放った適当テキトーな綺麗事を真に受ける天然幼馴染みに挟まれ、うんざりしたようにため息を吐く金山。そしてツッコミをれるのも面倒になったのか、彼女は「もういいよ」と桃華の腕を掴み、さっさとその場から立ち去る。


「行くよ、桃華。小野アレと話してたら馬鹿が感染うつるから」

「わっ!? ち、ちょっとやよいちゃん!? ま、またね、悠真っ!」

「あっ……ああ」


 ズルズルと引きずられていく桃華に手を振り返す。……しまった、しょうもないからかい方をしたせいであのギャルの不興を買ったらしい。不興それ自体はどうでもいいが、せっかく桃華と話せる機会だったのに。

「惜しいことをした」と、俺が遅蒔きながら後悔していると。


「あっ、小野くんじゃないか! おはよう!」


 今度は後方うしろから、耳慣れたくもないイケメン野郎の声がした。

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