第四八編 怯える少女と怯える少年

 一悶着あった後、俺たちは一般用のシアターへ向かう。


「ねえねえ悠真ゆうま、今日の映画ってどんなの?」

「そういえば僕も聞いてなかったね。アクションかい? それともミステリーとか?」


 桃華ももか久世くせの質問に、俺は「あー」と一拍分のを空けてから答えた。


「ホラー」

「「ホラー!?」」


 予想外のジャンルだったのか、二人は声を揃えてぎょっとした顔をする。


「なな、なんで!? なんでホラーにしちゃったの、悠真!?」

「そ、そうだよ小野おのくん!? 仮にも親睦会っていう場なのに、どうしてよりにもよってそんな選択を!?」

「あー、いや、まあ……」


 ポリポリと頬をく俺。

 無論、俺だって分かっている。これから親睦を深めようとしている状況なら、分かりやすく面白いアクション映画や、心温まるアニマル映画などが無難だ。他にも話題のアニメ映画、推理の過程を一緒に楽しめるミステリー映画など、選択肢は豊富にあった。そしてその中でホラーというジャンルは、今回に限っては不適切なのだろう。

 ――の話だが。


 この二人は知らないことだが、俺にとって今回の映画鑑賞会は親睦を深める目的で開催されたものなどではない。真の目的は、桃華の恋愛を一歩でも進展させることなのだ。

 だから俺は七海ななみから無料券チケットを受け取って現在上映中の作品を調べた際、恋愛映画を観るつもりでいた。それでこのイケメン野郎の鈍感ぶりが緩和されれば上々、奥手な桃華が恋愛に対して積極的になることが出来たら万々歳だと。


「(けど……いきなりそこまで狙うのは、都合良く考えすぎてる気がするんだよなあ)」


 いては事を仕損じる。俺は桃華の恋愛の早期成就を狙っているわけではない。たとえ時間がかかろうとも最後に恋が叶い、桃華が笑顔になれるならそれでいい。

 であるなら今回は欲張らず、堅実な一手を打つべきだ。たとえばそう――久世に、とか。


「(ホラー映画で怖がる女の子……それを『可愛い』とか『守ってあげたい』と思わない男はいない!)」


 そう、それこそがホラー映画を選択した理由。怯えている女の子が隣にいれば、なにかしら感情を揺さぶられるのが男という生き物だ。怖がり、震える桃華の姿をの当たりにした久世が「桐山きりやまさんも女の子なんだ」と意識してくれれば……!


「……お、小野くん? どうかしたのかい、なんだかすごく悪そうな顔でニヤニヤしているけれど……」

「ん? ああ、なんでもねえよ。映画が始まるのが楽しみだと思ってただけだ」

「ええ~っ? 悠真ってホラーとか好きだったっけぇ? うう、そんなに楽しみにしてるなら私も付き合うけどぉ……!」

「そうだね。僕も正直あまり得意じゃないけど、小野くんが観たいっていうなら……」


 適当な言い訳をあっさり信じ、覚悟を決めた表情を浮かべる同僚たち。

「チョロいなあ」なんて考えながら、俺は暗いシアターに足を踏み入れた。



 ★



『ゴワアアアアアアアアアアッ!!』


「「ヒイイイイイイイイイイッ!?」」


 2D映画にも関わらず、今にも画面から飛び出さんばかりの勢いで迫り来る異形の亡霊。そんな大迫力の映像を見てこらえきれない悲鳴を上げる少年と少女。

 そして、怯える彼らに両側からガシッとしがみつかれている男が一人――俺である。


「(……いや、どうしてこうなった!?)」


 俺は最新ホラー映画を観て楽しむことも恐怖することも差し置き、心中で天を仰ぎながら叫んでいた。

 おかしい。シアターに入り、三人仲良く横一列の席に並んで座ろうとしたところまでは順調だったじゃないか。あとは桃華と久世が隣り合って座ってくれるだけでよかったはずなのに。そうすれば怯える桃華の姿を見た久世は彼女を女の子として意識し、桃華のほうも勢い余って久世の腕に抱きついちゃったりしていたかもしれないのに。

 それなのに、彼ら二人の間に俺が座ってしまったせいで全てが台無しだ。どうしてだ、どうしてここに座っちまったんだ、一時間前の俺!


「あ、あううっ……ゆ、悠真ぁ、この映画ちょっと怖すぎるよぉ……」

「っ!」


 左隣、俺の左腕にぎゅうっと抱きつきながら耳元でささやいてくる幼馴染みに、俺はドキッと心臓を跳ねさせる。


「(や、ヤバい、めっちゃ可愛い……っていやいや、違うちがう!? いや違わないけども、それは俺じゃなくて久世相手にやるべきなんだよ!)」


 庇護欲をそそられるその姿も、勢い余って腕に抱きついてしまうというシチュエーションも完璧なのに、対象だけがいちじるしく間違っていた。これを久世にかましていれば、さしもの鈍感馬鹿も少しくらいドキドキしたかもしれないのに!

 というか近い。近すぎる。よっぽど怖いのか、桃華は俺のことを掴んで離さない。桃華の顔が息遣いが聞こえてくるほどの至近距離まで迫り、女子特有の柔らかさがむぎゅっと左腕に押しつけられている。映画の内容がまったく頭に入ってこない。

 かといって桃華相手に「抱きつくな、離れろ」なんて冷たい言葉を吐けるはずもない。自作自演マッチポンプと言えなくもない状況シチュエーションに俺が圧倒的な罪悪感を覚えていると――


「あ、あううっ……お、小野くん、この映画、ちょっと怖すぎないかい……」


 右隣、俺の右腕にガッシリとしがみつきながら涙目で見上げてくるイケメン野郎に、俺はスンッと真顔になって応じた。


「うるせえ。抱きつくな、離れろ」

「そんなっ!?」


 ……結局その後も、俺が想定していたような展開にはならなかった。

 桃華と席を交換したり、トイレに立って久世たちを二人きりに出来ないものかと目論もくろんだものの、本気ガチでビビっている彼らの耳にはとても届かず。

 第一回〝甘色あまいろ〟親睦会の収穫は「久世真太郎しんたろうは意外とホラーに弱い」という、果てしなくどうでもいい情報だけで終わった。

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