第一六編 簡単な告白
「店長、七番テーブルの注文です……」
「おー、やっときたか。退屈すぎて死ぬとこだったぜ」
俺が厨房に入ると、丸椅子で
立ち上がった店長と入れ替わりで椅子に腰掛けた俺は、両腕を組んで机に突っ伏した。
「はあ~~~~~……」
「ため息長っ。というかお前、店長さまが注文品用意してるなかで堂々とダラけるのはどうかと思うぞ。給料から引いとくな」
「店長サマ、頭にブーメラン刺さってますよ。給料から引いときますね」
「まさかバイトから減給を言い渡される日が来るとは思わなかった」
「可哀想な店長、一〇年先までタダ働きだなんて」
「処分重すぎだろ。せめて一割減くらいにしといてくれよ」
「分かりました。じゃあ九年先までタダ働きで」
「いや処分のほうを一割減にするんじゃなくてさ」
テキパキ手際よく用意を進める店長としょうもない会話を
「……店長、さっきの話なんですけど」
「あー? なんのこと?」
「ほら、『店長はどうせモテないでしょ』って言ったじゃないスか、俺」
「たしかに似たようなこと言われたけどもさ、そんな火の玉ストレート意訳しないでくんない?」
「それで、店長は実際のとこどうなんですか? モテます?」
「な、なんだよ急に……モテるかモテないかで言えば、まあぶっちゃけモテないけど」
「ですよねえ……」
「オイ、その
「じゃあ告白された経験は……ないですよねえ、当然。誰かからラブレターを送られた経験も……あるわけないですよねえ、やっぱり」
「失礼すぎるだろ! あたしが答える前から決めつけで自己解決すんなよ!」
「えっ、まさか経験あるんですか!?」
「驚愕するんじゃねえよ! そんな経験あるわけないだろ!」
「案の定ないんじゃないスか」
一応店長の名誉のために言っておくと、彼女はそれなりの美人ではあるのだ。この店を開くまでは本職のパティシエを目指して
そんな
「……店長って、黙って仕事だけしてればモテそうですよね」
「やめろ、学生時代の友だちと同じこと言うな」
「あの、仮になんスけど……店長は誰かから告白される時、それが
参考までに
「はあ? なんだそれ、嫌なわけないだろ。誰かが好きになってくれるだけで嬉しいのに、告白の方法にまで注文つけたらバチが当たるぜ」
モテない人間の悲しい答えだった。俺も彼女と同類なので、普通に共感出来てしまうあたりが更に悲しい。
「でもまあ、そうだな。もしあたしが誰かに告白するんなら、手紙よりも直接相手に伝えるだろうな」
「! ……どうしてですか?」
やはり、ラブレターは「逃げ」だと思うからだろうか。
店長も、
「だってさ、ラブレター出すのって、めちゃくちゃ度胸が要ると思わないか?」
「……え?」
予想外の切り出しに、俺は思わず身体を起こした。
「考えてもみろよ。手紙って形に残るだろ? だからもしあたしが誰かにラブレターを送ったら、相手はその手紙を一生大事に持ち続けるかもしれないだろ?」
「は、はあ」
「つまりな!? あたしがラブレターを送る相手――そうだな、名前はヒロシとしよう! ヒロシはあたしからのラブレターに心ときめいて交際に至り、同棲を経た後に晴れて結婚するわけだよ! それからやがて二人は子どもを
「あ、あの、店長?」
「そしたらな!? 『ちょっと待ってろ』って自分の部屋に戻ったヒロシが、日焼けして
「(どうしよう、なんか変なスイッチ押しちゃった)」
心底幸せそうに語る店長にドン引きする。俺としては「ラブレターで告白してきた相手と付き合いたいと思うか」くらいの気持ちで質問したのに、返ってきたのは「店長はラブレターを送ったヒロシと(当然のごとく)結ばれ、ナツミという名の娘を授かり、三人は幸せな日々を送っている」という妄想の
やはり俺たちのような一〇代学生と婚期
「『ラブレターを送る』って
「……!」
――そうか。
「少なくともあたしには絶対無理だね。字の綺麗さとか言葉選びとか考えることも多そうだし、もし送った相手が誰かに見せちまったら最悪だし。それなら普通に
こういう考え方も、あるのか。
「ま、だからといって直接
「(……そうだ。『簡単な告白』なんかない)」
あの女は「大切な気持ちなら直接伝えるべき」だと、「ラブレターは逃げ」だと言ったが、そうじゃない。
誰かに「好きだ」と伝えるのはいつだって怖い。勇気が要る。
面と向かって言葉にしようが、手紙に想いを託そうが、それは変わらない。そんなこと、俺はもうとっくに知っていたはずなのに。
どちらも俺には出来なくて――手紙を捨てられた〝誰か〟が
「おい、小野っち? あたしの話聞いてる?」
「……店長。注文の品、もう出来ますか?」
「え? うん、今出来たけど」
マシンガンのように話しながらも、仕事だけはキッチリこなしていた店長が
「七番テーブル、行ってきます!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます