第一三編 未読無視
「幼馴染み……?」
「それにしちゃ、随分冷たい反応だったじゃねえか。『おはよう』を無視されるって相当だぞ?」
「うぐっ……」
イケメン野郎がダメージを負ったかのように胸を押さえるが、しかし実際そうだろう。だって朝の挨拶なんて極論、知らないオジさんやオバさんからされたって礼儀として返すじゃないか。
「いや、
「
「むしろ小野くんにとっての僕って、知らないオジさんやオバさん以下の存在なの!?」
ぶっちゃけ大差ないが、まあそれはどうでもいい。
「……実は、僕は彼女――
「(へえ、こんなイケメンにもそういう相手っているもんなんだな)」
男の俺に詳しいことは分からないが、自分の幼馴染みが学校でモテモテのイケメン野郎だったら、女としては鼻が高かったりしないんだろうか。……いや、でも桃華も昔から男子にモテる子だったが、俺は特にそれを自慢に思わなかったな。どちらかといえば「桃華に近付くんじゃねえ」くらいに思っていた気がする。ただの幼馴染みのくせに彼氏
「(しかし……こうして露骨に落ち込んでるところを見せられると流石に気の毒だな)」
沈んだ様子の久世に、俺は口元をもにょもにょさせた。いけ好かないイケメン野郎だが、こういう人並みな部分を見せられると扱いに困ってしまう。
「あー……なんというかアレだな。あの美人とは関わらないほうが無難ってことだな。まあ
「え……?」
気を遣ったことを言う俺が珍しかったのか、久世が不思議そうな顔をしてこちらを見つめた。
★
その日の放課後、ホームルームを終えて教室を出た俺は急ぎ足で下駄箱へ向かう。
なにか用事があるというわけではない。ただ今日はバイトが休みなので、早く家に帰って一人の時間を満喫したいだけだ。
なお、友人とどこかへ遊びに行くという選択肢はない。俺は友だちとベタベタつるむのはあまり好きではないからだ。休み時間に教室で
「(ん? 下駄箱に誰かいるのか?)」
階段を
扉口から覗いてみると、昇降口の奥側に女子生徒が一人いるのが見えた。
「(あれってまさか……)」
見覚えのある美しい黒髪の少女に、俺はその場で足を止めた。あの子だ。久世
「(…………)」
なんとなく息を
そのまま行動を観察してみる。が、彼女は自分の下足入れと
「(……? なにしてんだ、あの子? なんか持ってるみたいだけど……)」
よくよく見ると、七海さんの手の中には複数枚の紙片があった。あれはプリント……いや、
「…………」
結局一〇秒ほど動きを止めていた彼女は、無表情のままその便箋たちを手近なごみ箱に
「(な、なんだったんだ、いったい……?)」
物陰から出た俺は、彼女がなにかを捨てていったごみ箱の前までやって来た。見てみると、捨てられたのはやはり手紙のようである。何通かあり、なかにはかなりしっかりした封筒に包まれているものもあった。ただ分からないのは、封筒入りのものがすべて、封が切られていない状態のまま捨てられていること。
「(中身も見ずに捨てたのか? というかなんの手紙だよ、コレ)」
どうにも気になってしまい、三つ折にされている手紙を一枚、ごみ箱から拾い上げてみる。人から人へ送られた手紙を勝手に読むなど褒められた行為ではないが、まあこんなところへ無造作に捨てるくらいだし、どうせ大した内容ではな――
『一目見た時からあなたのことが好きでした。僕と付き合ってください』
「!?」
それは、いわゆる〝ラブレター〟だった。説明不要、誰かに対する想いが
なかには過剰だと思えるほどの表現も
「(もしかしてコレ、全部ラブレターか……!? ど、どうして――)」
衝撃のあまり視界が揺れる。
七海さん
ただ、理解出来ない。どうして彼女は――
「なんで……なんでだよ……!?」
俺はなぜだか無性に悔しい気持ちで一杯になっていた。他人から贈られた恋文を読みもせず、ましてやあんな無造作にごみ箱へ捨ててしまうなど、俺には考えられない行動だったからだ。
俺は別にこのラブレターの送り主たちの知り合いでもなんでもないのに、それでも妙に悔しくて、そして悲しかった。
だって彼等は、少なくとも行動したではないか。
一〇年もの間、ただ
きっと勇気を振り絞って、彼女の下駄箱に手紙を入れたに違いないのに。
――その結果がこれなんて、あんまりじゃないか。
役目を果たせなかった恋文たちを見下ろしていた俺は、やがて拳をぎゅっと握り固めると、急いで靴を履き替えて昇降口を飛び出した。
「七海さんッ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます