第一一編 聞き込み調査②

 俺のアルバイト先である喫茶店〝甘色あまいろ〟は、平日の閑古鳥かんこどりっぷりに反して土日や祝日の客入りが非常に多い。

 これは、〝甘色あまいろ〟が普通そこらへんの喫茶店と比較してややお高めの値段設定であることが原因なのだろう。「ちょっとどこかでお茶していこうか~」と気軽に立ち寄れるタイプではないため、放課後の学生客や休憩中のサラリーマンなどの顧客層を確保しづらいのだ。


 対して、休日は「自分へのご褒美」を求める客やリッチぶったマダムたちのおかげでなかなかに繁盛はんじょうしている。

 うちの店長は元々本場パリで修行を積んだパティシエ志望者だった(らしい)ので、彼女手製の洋菓子を求めてやってくる客は多い――と、店長が自分で言っていた。まあ実際に休日の昼前から夕方にかけての時間帯であれば全席埋まってしまうことだって珍しくないところをみるに、どうやら嘘八百というわけでもなさそうだ。


 要するに日曜日である今日は店が忙しく、俺も昼前からのシフトでバタバタ働いていたわけなのだが、それも新人の久世くせが出勤してくる一七時頃には落ち着き始める。そして閉店時刻の一時間前には、半分以上の席が無人という見慣れた光景が戻っていた。

 これくらいの時間になるともう新たに入店してくる客もいないし、注文オーダーしてくる客もほとんどいなくなる。したがって俺たちアルバイトの仕事はもっぱら掃除、そして精算業務となる。


「残りの客がさっさと帰ってくれれば、俺たちも仕事が早く終わって助かるんだけどな」

「あ、あはは……」


 俺が言った本音八割の冗談に、イケメン野郎が曖昧あいまいに笑った。チラッと厨房のほうをうかがったのは「店長に聞かれたらマズイ」という意識の表れだろうか。心配しなくていいぞ、久世。だってあの人もさっき「今日はもうヘトヘトだからこれ以上注文オーダー取ってくんなよ~」と、本音一〇割にしか見えない冗談を言って事務机に突っ伏してたからな。類は友を呼ぶではないが、類はアルバイトを呼ぶのだ。それでいいのか、店長。


「……それにしても、久世おまえは客からの人気もすげえな。さっき会計してったおばちゃんたちにもめっちゃ気に入られてたし」

「そんなことないよ。ただ僕は新人だから、常連さんには珍しく見えただけじゃないかな?」


 俺が新人の時はそんなイベント、発生しなかったんだが。いやまあ、客のおばちゃんに絡まれることを羨ましいとも思わんけどさ。

 しかしなるほど、久世コイツは他人からの好意をそのように解釈しているのか。なんというか、鈍感な野郎である。この様子だと、学校で女子から向けられる好意にも気付けないんじゃなかろうか。

 露骨にキャーキャー言ってるような女子はともかく、桃華ももかのように想いを秘めている女子の気持ちを察するのは難しそうだ。


「(……桃華か)」


 あれからずっと考えている。俺はどうやって彼女の恋を叶えていけばいいのか。

 おそらく桃華は、を知らない。俺が彼女の恋を知ったのは金山かねやまとの会話を偶然聞いてしまったせいであり、彼女自身の口から「実は私、久世くんのことが好きなの!」と明かされたわけではないからだ。


 だからこそ迷う。「俺は堂々と彼女の恋を応援してもいいのか?」と。

 桃華からすれば、俺など単なる幼馴染み。そんな俺にいきなり「恋を応援してやる」などと言われても困惑してしまうのではないか。いや、それ以前に桃華は、自分が久世に恋していると知られること自体を恥ずかしがるのではないか。

 仮にそうならなかったとしても、「どうして悠真ゆうまが私のためにそこまでするの?」と聞かれたらどうする。「お前のことが好きだから」と正直に言うつもりか? 馬鹿野郎、俺にそんな度胸があるかよ。


「(そもそも、恋の応援って堂々とするもんでもないよなあ)」


 男子中学生のノリじゃあるまいし、「おい桃華、久世が来たぞ! 今から告白してこいよ! ヒューヒュー!」と口笛を吹きたいわけではないのだ。そんなもの、応援どころかむしろ妨害である。

 俺はただ、陰から彼女の恋を支えてやれればそれでいい。彼女から感謝されたくてやるわけではないのだから。「応援」よりも「支援」と表現したほうが適切かもしれない。精神的な補助ではなく、もっと実質的なサポートをしたいのだ。


「(つまるとこ、桃華にバレないようにコッソリ手助けをすればいいワケか。まるっきり『脇役』だな)」


 自分で考えて苦笑していると、不意に久世が「ねえ、小野おのくん」と声を掛けてきた。


「常連さんといえば……今日はあのお客さん、来てないのかい?」

「『あのお客さん』?」


 そういえば、常連客の話題が出ている途中だったっけ。思考を中断して目を向けると、イケメン野郎がしているのは店舗最奥の七番テーブル。今は空席になっているが、俺は彼が誰のことを言っているのかすぐにピンときた。


「ああ、〝七番さん〟か」

「〝七番さん〟?」

「ああ、七番テーブルでいつも本読んでるあの常連客のことだよ。つっても俺らが勝手に付けたあだ名だけどな」

「そうなんだ……ええっと、それで、彼女はもう帰ったのかい?」

「帰ったっていうか、今日は来てねえよ。なんでか知らねえけど休みの日はいつも来ないんだよ、あの人」

「ええっ? そ、そうなのかい?」


 俺の返答になぜか驚く久世。そんなにあの常連客のことが気になるんだろうか。まあ確かに、店のなかでもサングラスとマスクを外さないから目立つ客ではあるけど……。


「おーい、小野っち、久世ちゃーん。そろそろ店仕舞いの用意始めときなー」

「あぇーい」

「はい、一色いっしき店長!」


 厨房から投げられた店長の指示にそれぞれ返事をした俺と久世は、その後は黙々と業務をこなす。

 目的達成への方向性はさだまった。久世真太郎しんたろうという男のことも、少しだけ理解わかった。

 だが、まだまだ情報が足りない。なにせ俺は、今はまだ顔見知り程度の関係でしかない久世と桃華をどうこうしようとしているのだから。


「……気張きばらねえとな」


 この胸の奥が、どれだけ痛もうとも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る