第一章

第一〇編 聞き込み調査①

 桃華ももかの初恋を叶えてみせる――


「……とはいっても、具体的にどうしたもんかなあ」


 日曜日、バイト先である喫茶店〝甘色あまいろ〟の事務所兼休憩スペースにて。

 俺は座っている椅子の前脚を浮かせてグラグラ遊びながら、両腕を頭の後ろで組んで考えにふけっていた。

 考えるのはもちろん、一昨日の夕方に決意した〝あのこと〟についてだ。


「(久世くせ真太郎しんたろう……あんなモテモテイケメン野郎と桃華をくっつけるなんてこと、本当に出来るのか?)」


 店長がれてくれたコーヒーとまかないのケーキにも手をつけぬまま「うむむ」とうなる俺。決意したばかりでなんだが、早くも大きな障壁しょうへきに直面している気分だった。


 というのも、桃華と演劇をに行った日の夕暮れ、俺は早速彼女に久世と話す機会チャンスを作ってやろうと思い、舞台終わりのイケメン野郎の元へ向かったのだ。

 だがその先で見たものは、アイドルの出待ちをするファンよろしく第二体育館の舞台袖を占拠する女子生徒の大群。その凄まじい人口密度と熱気に圧倒されてしまった俺は、同じく尻込みしている様子だった桃華を金山かねやまに引き渡し、一人寂しくトボトボと帰宅したのだった。


「(あれだけの人気者とどうこうなろうって、めちゃくちゃ難易度たけえんだろうなあ……)」


 コーヒーのカップに手を伸ばしながら、どうしたものかと考える。そして立ちのぼる湯気が揺らいだのを見て、自分がいつの間にかため息をついていたことに気付いた。

 本当に、なんでよりによって久世アイツなんだろうか。あんな完全無欠のハイスペック野郎と話したって、自分との格差を突きつけられるばかりでちっとも楽しくないのに。……いや、これは俺の話だけどさ。


「あー、なんか腹立ってきた。そうだ、せっかくだし今日は久世にパワハラしてさ晴らししようかな」

「い、いきなりなに怖いことを言っているんだい、小野おのくん?」

「ん? あっ……やあ久世クン、おはよう! 今日も元気そうでなによりだ☆」

「いや無理だよ? そんなとってつけたように爽やかキャラを演じられても、さっきの不穏な一人言を聞かなかったことには出来ないよ?」


 そうツッコミを入れてくるのは、今まさに出勤してきたばかりの久世真太郎だった。本人に聞かれるとは思っていなかったので咄嗟とっさにイイ笑顔を作って挨拶してみたものの、残念ながら誤魔化ごまかすことは出来なかったらしい。


「……久世。お前、他人ヒトの一人言に聞き耳立てるのはどうかと思うぞ?」

「えっ、まさかこの流れでこっちが悪者にされるの!? ビックリだよ僕!」

「というか、事務所に入ってきたらまず最初に『おはようございます!』って元気良く挨拶だろ。まったく、これだから最近の若いモンは礼儀を知らなくて困る。こんな基礎的なところから教育しなきゃならないもんかね? ん?」

「もしかして現在進行形でパワハラされてる!?」

愛想あいそのないヤツに接客業が務まると思うか? 同僚に挨拶出来ないヤツは、初対面のお客さんにも挨拶出来ねえよ。オラ、もう一回入ってくるところからやり直せ」

「しかも正論をぜてくるから微妙に反論しづらい!? わ、分かったよ、じゃあもう一回やってみるね」


 こほん、とひとつ咳払いをした久世は素直に入口のほうまで後退すると、今度は爽やかかつ元気の良い声で言った。


「おはようございますっ! 今日も一日、よろしくお願いしますっ!」

「うるせえな、ヒトの休憩中にデカい声で入ってくるんじゃねえ」

「いやうん、分かってたけどね、こういうオチなんだろうなってことは!?」


「なんだったのさ、この時間」と嘆きつつ、自分のロッカーへ向かうイケメン野郎。ちなみに事務所ここはロッカールームも兼ねているので、従業員の着替えなども行われる。まあ着替えといっても、私服の上からエプロンをつけるだけなのだが。


「あ、そういえば小野くん。この間は僕たちの劇を観に来てくれてどうもありがとう。楽しんでもらえたかな?」

「……ああ、まあな」


 楽しむどころか失恋した、とは流石に言わない。言えるはずもない。

 苦い気持ちを噛み殺し、俺は続けた。


「お前こそ楽しかったんじゃないか? 主役で目立って、あんだけたくさんの女の子からキャーキャー言ってもらえるんだからよ」

「あー……そうだね。あまりはやし立てられると緊張しちゃうところもあるんだけど」


 頬をぽりぽりと掻きつつ、久世が困ったように笑う。へえ、まるで平気そうに見えていたが、意外と人並みなことを言うんだな。


「(そういえば確認してなかったけど……彼女とかいねえのかな、久世コイツ)」


 あれだけ女の子にモテモテなんだから、告白のひとつやふたつくらいされることもあるはずだ。であれば当然、既に彼女持ちという可能性だって十分考えられるが……。


「え? 恋人かい? ううん、僕にはいないけど……」


 久世の答えを聞いてほっとする。いくら桃華の恋を応援するといっても、略奪愛をさせるわけにはいくまい。


「でも、どうしてそんなことを聞くんだい?」

「ん? ああいや……ホラ、アレだよ。お前くらいモテるなら女の子なんか見取みどりだろ? だから彼女もいるんだろうなーと思って」


 間に合わせ的に適当なことを言う俺。この流れで「いや、実はうちの幼馴染みが久世おまえのこと好きらしくてさー」と桃華の話を切り出すことも出来たが……軽率な発言は控えておこう。俺もまだ、どういった形で桃華の応援をするか決めあぐねているところだしな。


「……恋人、か」


 久世が呟く。


「たとえどれだけ多くの人にかれたとしても関係ないよ。……

「?」


 俺には聞き取れない声量で何事かを口にしたイケメン野郎は、どこか真剣な眼差まなざしでテーブル上のケーキを見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る